車の最新技術
更新日:2022.12.12 / 掲載日:2022.12.12
【フィットRS】モータースポーツが市販車の進化に繋がる【石井昌道】

当コラムで何度かレポートしてきたフィットe:HEVでのレース参戦。12月4日にモビリティリゾートもてぎで開催されたミニJoy耐でプロジェクトの最終章を迎えた。
改めて概要を紹介しておくと、自分は以前からハイブリッドカーなど次世代パワートレーンでのレースに興味があり、モータージャーナリスト仲間とTokyo Next Speedというチームを組んでもてぎJoy耐(Enjoy耐久レース)に参戦してきた。このレースはアマチュアが出場するものとしては規模が大きく、給油時に10分程度は停まらないといけないという独自のルールによって燃費性能も問われることから、ガソリン車に混じって次世代パワートレーンで走るにはうってつけ。
夏の7時間耐久がメインだが、冬には2時間のミニJoy耐が行われる。現行フィットe:HEVでの参戦は2020年から。ベース車両を手に入れたときに、ハイブリッドカーでサーキットを走るとバッテリーなどの熱の問題が出やすいので、フィットの開発陣に相談して出来ればトラブル対応などで協力して欲しいとお願いしたところ、想像以上に興味を持たれて、コラボして一緒にやりましょうと話が進んだ。
現行フィットの発売当時、スポーティグレードのRSがなくなっていたのだが、開発陣はマイナーチェンジで復活させたいと考え、そのためのスタディの場として役立つと考えていたからだ。プロジェクトは2022年10月のマイナーチェンジにむけての3カ年計画。無事にフィットe:HEV RSが発売されたこともあり、今回のレースが最終章となったわけだ。

2020年にレーシングカーを造って最初にテスト走行したときには、もてぎでのラップタイムは2分46秒だった。Joy耐は2分50秒を切らないと出場できないというルールがある。つまり、フィットe:HEVはぎりぎり出場できるぐらいに遅かった。ちなみに旧型フィットのガソリン車のRSは2分20秒~25秒程度。あまり速くはないだろうと予想はしていたが、ここまで遅いというのはショックでもあり、ここから様々な手法で速さを磨いていくにしても、ガソリン車に対峙するのは難しいかもしれないと思ってしまった。
最初のテスト走行では、ロールケージなど安全装備を装着し、サスペンション、タイヤ、ホイールなどをレース用のものにしただけ。
その後、パワートレーンに手を入れて、軽量化などを施すことでラップタイムはじょじょにあがっていった。e:HEVは、エンジンが発電してモーターで駆動するシリーズ・ハイブリッドを基本とするが(高速・低負荷域ではエンジン駆動するモードもある)、レーシングカーは市販車に対してエンジンは70kWから78.8kWへ、駆動用モーターは80kW(109PS)から96kW(131PS)へとスープアップ。
走行時は発電量を多くするべく、エンジンが常時高回転になるよう制御を変更するなどして2020年のミニJoy耐ではラップタイムが2分32秒4まで縮まった。初走行の2分46秒から考えればジャンプアップだが、かなりの手を入れたのでそこからは仕様変更しても1~2秒縮めるぐらいしか見えないという状況でもあった。参加台数31台中、予選25位/決勝11位という成績だった。
2021年6月のJoy耐では、ハイギアード化して最高速度を伸ばすという試みをして、サスペンションのセッティング変更なども合わせてラップタイムは2分30秒4に向上。71台中、予選57位/決勝39位だった。
2021年12月のミニJoy耐ではLSDを投入。モーター駆動は立ち上がりのトルクが強いため、オープンデフではコーナー立ち上がりでイン側のタイヤが空転してかなりのロスをしていたが、それを克服。ラップタイムは2分27秒6まで縮まって23台中、予選17位/決勝リタイアになった。2分27秒台というのは、初テストの2分46秒台、初レースの2分32秒台から考えれば望外と言えるほどのタイムアップだが、もう手を入れる余地はほとんど残っていない。やり切ったと言っても過言ではないほどで、2022年5月のJoy耐ではLSDのカム角変更や細かいセッティング変更を施して挑んだもののタイムアップはならず。62台中、予選45位/決勝リタイアに終わった。リタイアが続いたのは、LSDを投入してからハブ周りの負担が増えたからだ(計算上、市販車の5倍程度の負荷がかかっていた)。
今回のミニJoy耐にはハブ周りの強化・対策を施して万全を期したことは言うまでもない。

それともう一つ、最後のアップデートを投入することになった。
駆動用バッテリーをノーマルの48セルから60セルに増やしたのだ。これは予選での1周のタイムアタックには有効なはず。というのも満充電状態からアタック開始しても途中でアシストが切れてしまっていたからだ。60セルにすれば1周にわたってアシストが継続できそうだということで投入となった。
事前のテストで試してみたところ、中古タイヤで2分26秒902を記録。新品タイヤならば2分25秒台は狙えそうだというところだった。さらに、レース本番に向けてはバッテリー搭載位置を下げるという改良も行った。48セルと60セルでは厚みが違うが、上部で6cmほどは下げられたのだが、これが想像以上に効果を発揮した。バッテリーはリアアクスル上にあり、低重心化によってリアの安定性が大いに増したのだ。多少はアンダーステア傾向になったので、車高調整を施すことで対応。いざ、ミニJoy耐の予選では2分24秒834で28台中19位となった。
60セル化は予選では効くものの決勝では意味がないだろうと思っていた。というのも、決勝では低いSOC(充電状態)のまま走行しているからだ。ところがバッテリー容量が大きいことで回生エネルギーが入りやすくなったようで、決勝の走りでもSOCがわずかに向上してタイムに貢献。シャシーの進化もあって平均ラップタイムは1秒程度あがった。




2時間のミニJoy耐は、じつは我々にとってはルール的に有利に働く。というのも他のクルマのほとんどは1回の給油があるところ、フィットe:HEVはぎりぎり無給油で走り切れるからだ。
レース序盤から中盤にかけては17~20位程度だったが、他が給油に入り始めると当然のことながら順位が上がっていく。自分にドライバー交代したときにはなんと3位にまで上がっていた。
とは言っても、他よりもラップタイムは劣るのですぐに順位は下がっていくものだと想像していたが、60セル化とシャシーの進化で平均ラップタイムが上がっていたこともあって終盤まで上位をキープ。ラスト4周までは2位、ラスト3周で3位。総合での表彰台獲得に期待がかかったが、ラスト2周のところで追い上げてきた2台に抜かれ、チェッカーは5位で受けることになった。
表彰台を逃したのは残念だったが、参戦当初から考えれば大いに躍進。ハイブリッドカーの燃費の良さを味方につけ、ガソリン車に混じって上位入賞という嬉しい結果となったのだった。

今回は開発陣とコラボしたこともあり、マイナーチェンジに向けた開発に携わり、クルマがどんどんと速く、質感も上がっていくことを実感するという貴重な経験となった。
モーター駆動のフィットe:HEVは、コーナー立ち上がりが抜群に速く、ステアリングを切った方向に引っ張られていく感覚が気持ちいい。それをレーシングカーで究極まで高めたのだが、発売されたフィットRS e:HEVにもそれが反映されている。RS専用のスポーツモードを選択すれば、トルクの立ち上がりがシャープになってモーター駆動特有のスポーティさが味わえるはずだ。