車の最新技術
更新日:2022.09.23 / 掲載日:2022.09.23
自動車の増産 ものづくりの内側【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●Mazda Toyota Manufacturing, U.S.A.,Inc.
自動車を増産するということはどういうことだろう? 工場を建設して稼働させればどんどん増産できるなどということはあり得ない。増産計画はもっと緻密なオペレーションであり、勢い任せでできることではない。
例えばトヨタはマツダと合弁でアメリカ・アラバマ州ハンツビルに新工場を立ち上げたのだが、トヨタ幹部によれば、工場の人集めは非常に難航したという。
トヨタ・マツダのアラバマ工場の例で言えば、工場の最終的な従業員数は約4000人。対してハンツビルの総人口は20万人ほど。計算上2%にもなる。もちろん子どもや高齢者を雇用できるわけではないので、健康で労働が可能な年齢の人は遙かに少ないし、そもそもアラバマ工場建設前から何らかの職に就いている人がほとんど、簡単に集まらないのは当然だ。
もちろん周辺の街からも人材を集めるのだろうが、そもそも自動車メーカーの工場が建設されるということは、周辺にサプライヤーの工場も必要だ。身内同士で厳しい人材の奪い合いになるわけだ。もちろんサプライヤーの工場を通勤圏外まで離し、距離を輸送で埋め合わせる事が不可能だとは言わないが、それだと輸送の時間とコストが無駄に増え、ジャストインタイムを実現するための効率が落ちるのは言うまでもない。
一般的に自動車工場を新規建設する場合、大都市部には作られない。仮にニューヨークやロスアンジェルスにでも建設しようというなら話は別だが、わざわざそんな地価の高い大都市で自動車作りを始めようというバカはいない。もっと人口密度の低い地域に建設されるのが普通だ。それゆえ人集めには苦労するというわけだ。

人さえ集まれば大丈夫なのかと言えばそんなわけはない。莫大で高品質な電力を供給してくれる電力会社とも交渉しなければならないし、水も量的な供給確保だけでなく、利用後の排水処理まで含む手当が必要だ。排出ガスも含めて、地域ごとの基準に準じたしっかりとしたアセスメントを行う必要がある。
電気の質の話をしたが、そこは少し説明が必要かも知れない。生産に必要なロボットを稼働させるには、ごく短時間の電気の途切れ(瞬間停電)や電圧低下(瞬間電圧低下)なども問題を引き起こす。こうした電力供給の手当もキチンと行わなくてはならない。
工場設備だけで話は終わらない。原材料調達の問題もある。鉄やアルミやゴムやガラスなどの素材供給が確保されなければ、サプライヤーが稼働できない。これらは地産地消ではないケースがほとんどなので、当然、素材から最終製品までの全ての段階で物流が発生する。自動車メーカーの工場を動かすレベルの物流をそのままポンと任せられる運送会社が、その街に運良くあって、すぐに工場稼働で発生する全物流の仕事を引き受けられるほど手が空いているるはずがなく、どこかから誘致してくるか、あらたに立ち上げるかしなくてはならない。
自動車工場の操業に伴う人とモノは、従業員も電気も水も素材も物流も桁違いに規模が大きいため、工場建設に合わせて、全部何らかの手当をして用意しなくてはならないわけだ。そしてそもそも現況としては、工場を作る資材が不足しており、資材が集まらない。加えて、建設会社も仕事が捌ききれずに着工まで2年待ちとなっている。
2020年に、テスラのCEOであるイーロン・マスクは、2030年までに、2000万台の生産を実現するとtweetしたが、現状100万台規模のメーカーが、10年間という短期間で2000万台分の兵站を整えられるとは常識的には信じがたい。その規模になれば、あらゆる面でグローバルな供給量を拡大しなければ成立しないことになるからだ。いまバッテリーの鉱物資源の激しい争奪戦が行われているが、この戦線が人材から資源からエネルギー、果ては物流まで全領域に拡大する中で兵站の全てをマネジメントしなければならない。
「キリンを冷蔵庫に入れるにはどうしたらいい?」という英語のジョークがある。実はこの答え「冷蔵庫のドアを開ける。キリンを入れる。ドアを閉める」という人を食った答えなのだ。答えを聞いたら、「ああ、そうね。冷蔵庫のドアを開けてキリンを入れればいいのか。なるほとね。いや入るかい!」とノリ突っ込みをするのが正しい。サイズ的に入るわけのないキリンを冷蔵庫に入れる方法が問題だと思っているから引っかかるわけで、それを単純に手順の話としてしれっと説明するズレが笑いどころでのジョークである。
2000万台を作ると言われて、ギガファクトリーがあと10から12あれば可能だと説明するのはこのキリンのジョークとよく似ている。2000万台生産を行うに際しての最大の課題は、それだけの兵站をデザインし、実現する方法にあるわけで、その最も難しい実務レベルの話を全部無視して、工場をいくつ作ればと説明されても、まともな話だと受け取ることは難しい。もちろんその簡単な説明の裏に本当は緻密な仕込みが全部組み込まれているというなら話は別だが、周辺からはそういう具体的な話は一向に聞こえてこない。
ということで、2000万台計画はある種のかけ声に過ぎないと思われる。だからと言って、テスラをバカにすることはできない。仮に2030年時点の総生産台数がそれより全然少ない200万台か300万台だとしても、それは十分、驚異的な成長率だと思う。