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更新日:2026.01.16 / 掲載日:2026.01.16

自動車産業とレアアースの経済安全保障【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ、ホンダ

 南鳥島でレアアース泥の試掘が始まったことで、SNSはだいぶ沸いている。まあ色んなことを言う人がいるのだが、大別して2種類。「これで日本も資源大国」派と「そんなもんコストが合うわけないだろ」派。ポジティブタイプとネガティブタイプということになる。

 例によって背景の説明から始めよう。そもそもの話をすればレアアースは結構世界中の多くの地域で産出される。今では想像しにくいが1990年代まで世界最大の産出国は米国だった。米国のレアアース産業が衰退したのは、中国による価格破壊である。一時は米国のみならず世界中のレアアース採掘業が壊滅的に廃業に追い込まれ、結果的に中国の寡占が進んだ。

 1992年に鄧小平が「中東に石油があり、中国にはレアアースがある」とレアアースを重要戦略物資として位置付けた。その着目点には先見の明があったことは間違いない。ただ中国共産党が重点政策に定めると、毎度のことながら、バランスを欠いた極端なやり方に陥るのが中国の産業の特徴である。

 多くのレアアースは、そもそも海中に広く分布しているのだが、その濃度が極端に薄い。海水を濃縮して精製していてはエネルギーコストが合わない。そのため鉱床は天然環境として「干上がった海」を由来とすることが多い。しかしながらそれだけ薄い成分が濃縮される環境では、当然その他の鉱物も濃縮されている。精製の過程で毒性の高いそうした不要な物質をどうやって除去していくかが問題である。実際レアアース鉱床では放射性物質なども含有量が高いケースが多いと言われている。

自動車には数多くの部品でレアアースが使われている。モーターやバッテリーだけでなく、各種センサー類などにも使用が及ぶため、レアアース問題はEVだけでなく自動車産業全体に大きな影響がある

 鉱物の精製方法は物質によって異なるが、一般論として高温で揮発させるか、水に溶かして分離する2つの方法がある。毒性物質を大気中に放出しないように、排気を浄化するか、水に溶かしてから大量の汚染された水を浄化しなければならない。問題はその際の放出濃度などの環境規制が先進国ほど厳しいことで、規制の基準値はともかくとして中国はその取り締まりが党の方針でお座なりになり、それが少し前まで7色の河川などのニュースとなっていた。つまり環境汚染お構いなしの現実が圧倒的な価格競争力の根源となってきたのである。

 筆者はこうした現象を、勝手にコンプライアンスギャップと呼んでいる。国ごとにコンプライアンス違反に対するリスクは異なる。例えば健康被害を引き起こしてしまった場合の補償費用の差は、そのまま精製コストの差に直結するのだ。もっともそういう行為は深刻な土壌や大気の汚染として未来に禍根を残すことを意味し、超長期的には是正されるだろうが、問題が深刻化して是正される頃には環境汚染は時すでに遅しになっている可能性が高い。

 中国はこのコンプライアンスギャップを利用して、世界のレアアースを寡占した後、共産党は経済交渉の武器としてレアアースを使い始めた。今や産業にとって不可欠なレアアースの輸出制限をかけることで、国際交渉を有利に進める意図は明確になっている。

 さて、西側諸国にしてみれば、これは経済安全保証上の重大なリスクである。安定が求められるサプライチェーンのボトルネックを他国に、しかもそれを交渉材料に使う意図のある国に握られることは、事業のサステナビリティ上の巨大リスクとなる。

 つまり西側諸国は、もはや価格が高くなったとしても、不確実性の高いカントリーリスクをサプライチェーンから排除する必要に迫られている。そうしたのは他ならぬ中国自身である。

 という中での南鳥島の意味を捉え直せば、今度はカントリーリスクと価格の見合いという新たな軸で考え直す必要がある。リスクとコストは常識的には反比例の関係になるはずで、リスクもコストも低ければ有利に、リスクもコストも高ければ不利になる。

 実際レアアースの埋蔵量は中国が最も多いが、ベトナム、ブラジル、ロシア、インドなども続いており、中国だけでしか採れないわけではない。ただしそこにはカントリーリスクと価格の問題がある。一例を示せば、今現在のロシアはウクライナ問題などで、国際的な経済制裁の対象となっており、中国の代替地にはできない。

 日本の経済をベースに考えれば自国内で完結する南鳥島は事実上ノーリスク。次いで日本と経済連携協定があるベトナムのリスクが低い。ということは冒頭に記した「これで日本も資源大国」と「そんなもんコストが合うわけないだろ」の対立はカントリーリスクとコストの見合いが適正かどうかを見ない限りわからない。

ホンダは2016年発売のフリードで重希土類フリー磁石を世界で初めて採用している。レアアースフリーへの取り組みは自動車業界を通じて行われているが実現にはハードルがいくつもある

 ということで、ノーリスクであることをベースに考えれば、南鳥島での採掘コストが高いのはある程度までは許容されることになるだろう。

 日本の自動車産業について考えれば、量的な多寡はともかく、自国調達の選択肢があることは交渉カードとして明らかに有効だ。筆者としては価格が高くても、少なくとも少量は自国調達の可能性を押さえておく必要があると考えている。

 身近な例で言えば食品と似た様な落ち着き方になるのではないだろうか。スーパーマーケットの売り場で、中国産の野菜と国産の野菜を比べれば、ほとんどのケースで中国産の野菜の方が安い。それでも口に入れるのであれば高くとも国産を選ぶという好選基準は現実的に成立している。

 供給の安定性をリスクとすれば、食品と同様のバランスの取り方は出てくるはずだ。そこはあくまでもバランスの問題であって、イデオロギッシュに「中国産を完全排除しろ」とか「国産は価格的にあり得ない」という極端な話ではなく、ユーザー(ここでは各メーカー)がそれぞれの基準で選択するマルチパスウェイが成立するはずだ。いずれにせよ健全なバランス感覚と戦略的な備えの両方が必要である。ということで南鳥島のレアアースについては「これで完全解決」とするには気が早いが、朗報であることに変わりはない。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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