車のニュース
更新日:2025.12.19 / 掲載日:2025.12.19

ひと皮剥けた日産【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●日産

 世の中とは残酷なもので、日産の上半期決算の数字を見て、極端な悲観論が飛び交っている。まあ世の中のクルマ好きにとって、日産の行方は確かに気になる話ではあるのだが、決算書を読めもしない素人が、ここぞとばかりに2025年度見通しの営業利益マイナス2750億円を根拠に罵詈雑言を並べているのを見ると、「人間の魔性」みたいなものを感じる。中世の火炙りとかギロチンに集う大衆の卑き好奇心は時代を経てもさして変わらないものである。

 さて、日産は決算で数字をどう説明しているかを簡単に解説しよう。

日産が発表した2025年度台数見通し(2025年度上期 決算報告より)

 台数見通しについては、対前年比のトータルでマイナス2.9%。マイナスを牽引しているのは予想通り中国マーケットのマイナス7.4%。これは中国共産党主導で、中国国内企業に対する極端な優遇策が進められ、日産に限らず外資系自動車メーカーは軒並み大減速を強いられているので、避けようがない。

 「彼の国の経済政策を信じたのがいけない」としか言いようがなく、今世界中の企業がそれを学習中で、中国からの外資の流出が続いている。こういう公平性のない政策は、今後「中国への投資はハイリスク」という新しいスタンダードを必ず作る。外資にとってもはや中国はリスクマーケットとなり、高い警戒感を持って忌避されることが避けられなくなる。最終的には中国経済の損になる。が今今の話としては外資は等しく損失を被るしかない。

 さて台数見通しで、次にマイナスが大きいのは日本のマイナス3.4%。これはまあ風評被害でマイナスになることは予想していたが、そのマイナスがどこまでいくかについて最も予測が難しかった部分。所感としては意外に軽かったと思う。

 以下欧州のマイナス3.1%は、そもそも台数がそれほど多くないので全体への影響は小さい。むしろ米国でのマイナスを0.2%に抑えたことは大きい。グローバル販売の40%を占める米国での防戦をほぼ横ばいで押し留めたことが、トータルのマイナスを2.9%に収められた要因である。

 さて、主要数値を見ると、減収減益。これはまあそうなるのはあらかじめ織り込み済みの話ではあるが、どこまで後退するかが問題だった。売上高は11兆7000億円で、約9300億円減、率にして7.4%のダウン。営業利益は約3450億円減。営業利益率がかろうじて黒字だった前年実績の0.6%からマイナス2.4%と赤字化している。

前年度と比較した営業利益の増減分析(2025年度上期 決算報告資料より)

 これらのマイナスの原因は3つ。一番大きいのはトランプ関税の影響でマイナス2750億円で営業利益のマイナスの約8割を占めている。まあ対前年比で突然巨額の関税を課せられればマイナスになるのはもう算数のレベルで当然の話であって、経営の上手い下手の話ではない。災害みたいなものだ。

 ちなみに影響の大きさ順で見た次の要因はインフレ影響でこちらが1350億円。これも原則的には市況の影響。ただし、高くても買ってもらえるように、日頃から商品の高付加価値化を推し進めていればもう少し影響を圧縮できたはずで、実際トヨタはそうしている。そこは積み上げてきた日々の舵取りに隙があったとも言えるだろう。

 3つ目は為替でマイナス1150億円。これはもう交通事故みたいなもので、プラスに出る年もあればマイナスに出る年もある。

 ということで、マイナス要因はほぼ全て外部要因。日産自身の経営に起因する部分は少ない。ただし、そういう外部要因を押し返して、自分で制御できる部分、例えば原価低減、バリューチェーンでの利益確保、商品付加価値の向上などで成長できなかったので、外乱に対して受け身が取れない決算結果になってしまった。総評としては関税、インフレ、為替に風評と弱目に祟り目が重なった結果としては望外に頑丈だったと思う。

 さて問題は反転攻勢の計画である。こうやって社会から理不尽に叩かれ続けたことで、日産の憑き物が落ちた感じを筆者は受けている。

 日産の歴史は内紛の歴史、懲りることなく内部で抗争を繰り返して疲弊してきた。そのひとつの象徴が、旧プリンス自動車組への冷遇である。成果を上げすぎたプリンス組、ましてやエンジニアともなると、日産の中では一定以上に出世しない。その代表は、かつてスカイラインGT-Rの設計者として名を馳せたスターエンジニア。桜井眞一郎氏をオーテックを作ってまで押し出した事案。同様に、NISOMOもまた日産ワークスチームの要であった難波靖治氏の押し出し先であった。

 そうやってどこかに本家と分家のような内紛とマウントの空気感が長らく漂っていた日産は、60年の長きにわたって存在した本家と分家間の溝をようやく雪解けさせるにいたったのだ。

 12月16日のリリースである。

 “日産自動車株式会社と日産モータースポーツ&カスタマイゼーション株式会社(NMC)は本日、新たなモータースポーツ活動とNISMOカーラインナップの拡大を通じて日産の総合的なブランド力の向上を目指す新たな取り組みを発表した

 Re:Nissan製品戦略の一環として、「ハートビートモデル」は人々の感情を揺さぶり、日産のブランドDNAを定義する鍵となります。NMCは、モータースポーツにおけるパフォーマンスの追求と、新たなビジネスイニシアチブを通じてNISMO製品への情熱を喚起することで、この戦略の実現に貢献していきます”。

「ROCK CREEK」は、オーテックが企画から参画したもの。北米市場で一躍人気グレードに成長し、日本市場向けにもマイナーチェンジ版エクストレイルに導入された

 ちなみにNMCとは、NISMOとオーテックを統合して2022年に設立された会社だ。今、苦境にある日産を建て直すにあたって、ようやく本家だ分家だという壁が無くなって、Re:Nissanのために一丸になろうとしているのである。

 NMCが果たす役割は3つある。

  • ・モータースポーツを通じたパフォーマンスの追求
  • ・NISMOカーラインナップ:ステアリングを握る瞬間の感動と興奮
  • ・ヘリテージ&レストアプログラム
NISMOコンセプトモデルのティザー画像。実車は2026年1月9日から開催される東京オートサロン2026で公開される

 日産は12月17日にNISMOコンセプトモデルのティザー画像を公開した。この車両は新たなレースカテゴリーに投入されるという。画像からはオーラらしきテールランプが確認できるが、だとすればスーパー耐久あたりでトヨタのGRヤリスと戦うつもりだろうか。今やすっかりイメージが逆転しているが、本来は日本のメーカーでサーキットにいるべきは日産であり、その日産が日産ブランドの大黒柱であるe-POWERをサーキットで鍛え、すでに実績を積んでいるGRヤリスに戦いを挑むというのは、素晴らしいニュースである。

 同時にこのスーパーオーラを筆頭としたNISMOブランドを世界に向けて発信し、日産のラインナップをより高付加価値な方向に寄せていくことになる。当然、その中には日産のスポーツをリードするGT-RやZのニスモバージョンが含まれてくるはず。日々の生活に便利な量販車無しに日産の復活はありえないが、日産とは何かを自問して行った先にはそういうボーンインサーキットなクルマたちによるイメージの牽引は絶対に必要だ。量販車とシンボルの2本柱が揃った時、日産は再び敬意を集めるメーカーに戻れるのではないだろうか。

 まだまだ先は長いけれども、回復への戦略としてとてもしっくりとくる発表に、日産への期待を高めた次第である。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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