車のニュース
更新日:2025.12.12 / 掲載日:2025.12.12

3台のスーパースポーツに見るトヨタの総合力【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 トヨタは、長らくその存在を小出しにしてきた3台のスーパースポーツを一気に発表した。GR GTコンセプト、GR GT3コンセプト、レクサス LFA コンセプト。それぞれにフラッグシップスーパースポーツ、市販レーシングカー、EVスーパースポーツであり、まだ詳細は発表されていないものの、超本気なのは明らかで、どれも傑出した速さを持つことは間違いない。

2025年12月5日にワールドプレミアされたレクサス LFAコンセプト、GR GT、GR GT3

 ハードウエアの構成や発表されたスペックや性能の話はすでに多くの記事が出ているので、それらに譲り、トヨタにとってどういうビジネスなのかという点に絞って話をしよう。

 冷静に考えれば、3台とも、新車効果が過ぎれば、アベレージでせいぜい月販数十台という商品。こういう商品は、あちこちでスターの様に持ち上げられて強いインパクトを残すが、採算に乗せるのが難しく、一般論としてラインナップから消えるのも早い。それが過去の自動車業界の常識である。前例は数々あるが、ひとつ例を上げるなら2010年のレクサスLFAである。

 しかし、おそらくトヨタは、この3台を、方向性の異なる3つのフラッグシップとして、継続的にラインナップに君臨させることを意図している。「ディスコンにしない」それが大きな目標なのだ。

 どうやって不可能を可能にするのか。端的に言えば、この10年ほど、トヨタが培ってきた2つの技術が基礎になっている。ひとつはご存知TNGAである。クラウンが4台で基礎部分を共用して「群で戦う」と宣言したように、この3台もまた、シャシーやコンポーネンツの多くの基礎設計を共用する。いや、正しくは、初めに3台の企画があり、それぞれの必要とする性能を満たすことを視野に入れて設計がなされている。つまり固定する部分を決めて完全に同じにしつつ、それぞれの目的に合わせた変動代を織り込む。言ってみれば一卵性の三つ子として作られている。

GR GTはアルミスペースフレーム構造を採用。高性能を目指す少量生産車に向いたボディ構造

 その狙いは、最も費用が掛かる基礎開発コストの分担分を3台で割り勘にしてハードルを下げ、それぞれに異なる顧客層に向けたビジネス収益を3つ束ねて収益を確保することにある。これまで存在が特殊過ぎることを背景に共用が難しかった高価なスーパースポーツ用のエンジンやシャシーをあえて3台1組で開発しているのがミソだ。

 TNGAと並ぶもうひとつは、「モータースポーツを起点としたクルマ作り」である。月販台数から考えれば、もちろん大量生産性は必要としない。なのでモノコックシャシーではなく、中子を使った堅牢な中空アルミ鋳造パーツでサスペンション付け根などの大入力ポイントを高剛性化。それらを角形アルミ材で繋いだスペースフレーム構造を採用している。少量生産でもコスト増にならず、例えばV8のフロントミッドシップとEV用モーターのサイズ差によってプレミアムレングスを変えるなどの構造変更もしやすい。

 別の言い方をすれば、これまでの一般概念としては、ロードカーのGR GTをベースに、改造を加えてGR GT3を作るのだが、それをひっくり返し、レース専用車からロードカーを作ることで、少量生産問題をブレークスルーしてみせたのである。何が違うかと言えば旧来の方法では、ビジネスとしてGR GTに単独採算が求められる。その後ビジネスの外で最初から不採算を覚悟の上でレースモデルを作る。それは過去の歴史が証明している通り、難易度が高い。

より共通性の高いGR GTとGR GT3は、同時開発。競技車両としてのポテンシャル追求とスーパースポーツビジネスとしての採算性の両面にチャレンジしている

 従来のトヨタのGT3車両であるレクサス RC F GT3を思い出せば、ある程度台数を売ろうと、ロードカーのレクサス RCをモノコックで設計し、必死になって単独で開発費をリクープしつつ、一方レースでは全く別の不採算事業としてGT3車両を作ってきた。

 今回、トヨタはGR GT3の仕様を基準に基礎設計し、市販レーシングカーとして、世界中のプライベートチームに販売する。GT3カテゴリーはルマン、スパ、デイトナ、ニュルブルクリンクなどの耐久レースやWECとIMSAなどのシリーズ戦。国内なら箱車の最高峰、スーパーGTや、スーパー耐久。その他各地域のGTワールドチャレンジまで膨大な数のレースにエントリー可能なのでユーザー数が多い。

 しかも当然補修部品やサービスなどでもビジネスは回るので、ある程度の採算性は確保できるだろう。ちなみにプライベーターのクラッシュリカバーを考えればシャシーは溶接で修理可能なスペースフレームがベター。そういう部分もユーザーフレンドリーにできている。実際同じやり方の市販ラリー競技車、GRヤリス ラリー2は世界中のラリーで増殖を続けており、すでにカスタマーモータースポーツのビジネス化の前例となっている。

 レースで通用する戦闘力の高いクルマをベースにロードカーをつくれば、ゼロから開発するより手間とコストをぐっと圧縮できる。しかも世界中のサーキットを暴れ回っているGT3のロードゴーイングモデルとなれば、箔がつく。ただしそれにはGT3が勝たないと全ては水の泡。プライベーターも買わないし、ロードカーも売れない。

レクサス LFAコンセプトは、LFAの後継モデルで電気自動車。内燃機関を搭載するGR GTと対をなす存在

 さて、最後に、先代の名を継ぎながらEVスーパースポーツへとシフトしたレクサスLFAだ。トヨタはマルチパスウェイを標榜し、すでに下方修正したとは言え、一時はEV350万台を打ち出したこともある。レクサスブランドは、2019年に「Lexus Electrified」戦略を発表し、トヨタの電動化を牽引するという約束をしている。これらの約束を守り、また今後も引き続きマルチパスウェイの一角を担うEVにフラッグシップ商品を用意するという意味でも、必要なコマだ。けれどもEVの単独開発はこれも採算が危うい。直近のポルシェの赤字転落をはじめ、前例はたくさんある。だったら先に説明した2台と合わせて、3本の矢にしてしまえば折れにくい。

 今回の3台、高価で特殊で高性能な故に少量生産を余儀なくされるそれぞれ3つのモデルから「公約数」を見つけ出して共用化し、むしろ3台まとめることで、勝率を上げるという「コロンブスの卵」なのだ。上手く行ったら、本当の意味で画期的である。

この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ