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更新日:2025.10.17 / 掲載日:2025.10.17

ブランドの再構築を図るトヨタ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 10月13日、トヨタ自動車は、新たなブランド戦略を発表した。

 具体的には、従来セダンとSUVの2モデルだったセンチュリーにクーペを追加し、トヨタから独立した新たなブランドのひとつとして再定義した。これによりセンチュリー、レクサス、トヨタ、GR、ダイハツの5ブランド体制へと移行する。

センチュリーは、車名であると同時にトヨタ系最上位ブランドとしてポジショニングされた

 SUVスタイルのセンチュリー(トヨタはこのモデルをセンチュリーSUVと呼ばないでくれと言う)はわずか2年前の2023年に追加されたばかり。新たなセンチュリーブランドは、1967年以来の伝統のセンチュリーセダンを中核に、矢継ぎ早に加えられたSUVとクーペの2モデルによって構成されることになる。なお、クーペモデルの発売時期はまだアナウンスされていない。

 さて、ちょっと過去を振り返ろう。センチュリーは、官公庁や企業などのトップのための法人需要を前提とした全トヨタ車の中で異例の少量生産車だ。量産車とは別格の位置付けを与えられ、手間暇のかかる職人仕事による美術工芸品的なハンドメイド要素を多く取り入れ、トヨタブランドの頂点に君臨するラグジュアリーモデルと位置付けられてきた。

量産、量販を追求してきたトヨタのなかで、センチュリーは「販売台数を追求しない」特別なブランドである

 頂点としてのラグジュアリーブランド、センチュリーとは一線を画す形で、量産プレミアムブランドが設けられたのは1989年のこと。トヨタは米国でレクサスブランドを立ち上げ、日本では少し遅れて、2005年に展開が始まった。レクサスとはつまり量産プレミアムトヨタであり、レクサス成立時には、トヨタブランドで売られていた高級車がレクサスに移行された。

 具体的に言えばトヨタ・セルシオがレクサスLSに、トヨタ・アリストがレクサスGSに。その他数モデルがレクサス専売モデルへと移行された。要するに、レクサスはトヨタのハイクラスモデルを分与し、トヨタの上位に位置するハイブランドとして新設されたことになる。

 しかしながら、このレクサスへの移行は、スパっと原理通りに行かず、いわゆる長い歴史を持つ伝統的モデル、具体的に言えば、センチュリーとクラウンは、従来通りトヨタブランドに留め置かれたのである。すでに述べた通り、センチュリーは少量ハンドメイドの特殊モデル。そもそもレクサスとは思想が違う。一方でクラウンはまさに量産プレミアムであり、レクサスの思想のむしろど真ん中に位置する車種である。

 しかしながら、既存の販売店とユーザーの関係性を考慮に入れれば、長年に渡って築いてきた人と人に深く根ざしてきた信頼関係には、メーカーであるトヨタと言えども、おいそれと手を入れるわけにいかなかったのである。センチュリーもクラウンも顧客と販売員の深い信頼に支えられてきたクルマだからだ。

 ただし、そうなると、レクサスはトヨタの上というブランディングにも関わらず、センチュリーはLSより上という序列上の矛盾が起こり、ブランドアイデンティティに齟齬を来たすことになる。

 2022年にクラウンがフルモデルチェンジを受け、4つのボディバリエーションを持って「群で戦う」というコンセプトを与えられて以降、トヨタの中で何かが動き出していた様に思える。明確な変化として見えるのはクラウン専売店「THE CROWN」の設置だ。今の所、東京、神奈川、千葉、愛知、大阪、福岡の6拠点という限られた数ではあるが、独自の外観デザインを与えられ、看板にもトヨタの名前はなくCROWNのエンブレムとロゴだけだ。ただし、センチュリーとは異なり、こちらはあくまでもブランドとしてはトヨタの中に位置したままだ。

 数年後には、トヨタは世界的に見て、唯一のフルラインアップメーカーとなるだろう。ドイツの御三家など、クラウンと競合モデルを持つライバル各社は、すでにCセグ以下のクルマを作っていないか、今後継続モデルを用意しないことをアナウンスしている。

 逆にCセグ以下のクルマを主力としているメーカーは、Eセグ以上のクルマをラインアップに持っていない。つまり、数年後には、トヨタはAセグメントからLセグメントに至る全てを1社で供給する唯一の会社になる可能性が高い。

 それは一見、トヨタ無双のストーリーに見えるが、販売を考えると、事はそんなに単純ではない。ルーミーを買う客には店舗の親しみやすさが必須だが、クラウンより上のモデルを売るためには、多少敷居が高くても、より高いもてなし感のある高級さが求められる。それをトヨタのワンブランドでカバーするのは当然至難の業となる。

 本来は、トヨタブランドも上下2分割にすっぱり行かれれば、話はだいぶ単純になるのだが、すでに述べた通り、販売の現場は人と人の結びつきで成り立っている。既存のディーラー網からクラウンを引っこ抜いて独立させようとすれば、地域ディーラーが黙っていない。一方でセンチュリーは、少量かつ異質で、クラウンに比べれば独立させやすいのは確かだ。そういうリアルな現場の話を丁寧に調整しながらの落とし所として、5ブランド化と相なったのである。

 生活に根ざしたクルマとしてのダイハツ。モータースポーツから生まれたGR。広く量販モデルを扱うトヨタ。量販プレミアムを扱うレクサス。限られた顧客にトップエンドのクルマを提供するセンチュリーという棲み分けである。

 さて、最後に多くの人が疑問を抱くであろう、センチュリーの追加モデルがなぜクーペなのかという点を解き明かして締めくくりたい。センチュリーが属するのは、ロールスロイスとマイバッハによるラグジュアリーリーグである。国賓向けとして成立するフォーマルセダンは世界的に見ても極めて少ない。まあ正直な感想を言えば、現状のマイバッハが国賓向けフォーマルに値するかどうかは怪しいところがあり、厳しく言えばロールス一択という方が正確かも知れない。

 そのロールスは、少なくともオーナー自身がハンドルを握るクルマではなく、あくまでもショーファードリブンカーである。要するに使用人としての運転手がクルマとセットになって、オーナーは専らリヤシートに収まる。これがトップフォーマルカーの基本である。

 しかしながら近年、あまりにかしこまったフォーマルさを避ける意味でも、このクラスにもSUV化の波が及んだ結果、かのロールスにもカリナンの様なSUVモデルが誕生した。

マーケットの要求に沿い、SUVスタイルを採用したセンチュリー(SUV)。個から群へと、センチュリーのあり方が変化している

 センチュリーもこうしたトレンドに合わせて、セダンに加えSUVを設けた。ここにさらにもう1車型を加えるとすればミニバンかクーペということになるのだろうが、すでにレクサスLMが存在する中で、ミニバンで十分な差別化を求めるのは難しい。そうなると他に選択肢はクーペしかない。ロールスには、伝統的にコーニッシュやカマルグと言った2ドアのクーペもしくはドロップヘッドクーペ(オープン)モデルが存在し、これらは例外的にオーナードライバーが運転するモデルとなっていた。余談ではあるがこうしたパーソナル向けのロールスはベントレーからの派生モデルである。

 執務を離れて、パーソナルにリゾートに赴く時にビジネススーツの着用は野暮に過ぎる。TPOをわきまえないフォーマルでは格好が付かない。そうした場面では品格を失わない上質なリゾートファッションが必要とされるのと同様、パーソナルなクーペが求められる。

 そんな領域にたどり着く人は上澄のひと握りには違いないが、もとよりセンチュリーのクーペは世に溢れたりしてはいけない。限られた台数で構わないので、TPOでクルマを選ぶ様な階層の人に向けた選択肢がセンチュリーのブランド化には必須だったのである。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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