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更新日:2025.10.03 / 掲載日:2025.10.03

サーキット試乗の向こう側 トヨタの生存戦略【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ、KINTO

 トヨタのサブスク「KINTO」は何となくご存知だと思う。従来の様にクルマというハードウエアを買うのではなく、保険もメンテも油脂類も税金もタイヤ(※条件あり)も代車も全部コミコミで、月額いくらの定額フルサービスだ。

 以前、KINTOの小寺信也社長に伺った話だが、衝突安全の厳格化や高度なADASの採用などで車両価格がどんどん高くなっていくことを見通した豊田章男社長(当時)が、「高額化していくクルマをどうやって多くの人が買えるようにするか考えろ」とを指示を出したことからスタートしたのだと言う。現在の残価設定クレジットとKINTOはそういう事業背景の中で、新しいクルマの買い方を模索して出来上がったものである。

 KINTOに関して言えば、初めてのクルマ購入で、保険の等級が厳しい若者にはトヨタがまとめて加入する団体割引が効くことで総額が抑えられるケースが多い。一方ベテランドライバーで保険の等級が進んでいる人にはちょっとお高くなる人もいるかも知れない。

 むしろメリットが出やすいのは法人、自営業、フリーランスなどの経費で落とせる人。普通新車で6年の減価償却分だけでなく年間の支払いが丸ごと非課税にできる。当然納税申告も楽だ。

2025年5月には月極駐車場やオフィス探しサービスを提供する企業と業務提携し、事業運営を支援する取り組みもスタート

 要するに、KINTOのスタートは今後も世の中のルールや要請に応えつつ、人件費がちっとも上がらないこの日本で、どんどん高くなっていくクルマをどうやって買ってもらえるシステムを作るかにあった。

 もちろんトヨタの事業にとっても意味がある。豊田章男社長(当時)は、2018年5月の決算発表で、「自動車をつくる会社からモビリティカンパニーにフルモデルチェンジ」することを発表した。トヨタの戦略に基けば、KINTOはクルマを売るだけでなく、クルマの利用に関する全てを囲い込んでワンストップサービスでもある。モビリティカンパニー化を考えるととても理にかなっている。

 トヨタは、2025年の決算で、「2026年にはバリューチェーンが生み出す利益が車両販売の利益より大きくなる」という見通しを発表した・まさにフルモデルチェンジ宣言から9年目にして「モビリティカンパニーへの変貌」を数字で裏付けるところまで漕ぎつけたわけである。

 ちなみにバリューチェーンとは、車両の購入に連なるありとあらゆる消費をワンストップでトヨタが引き受けることを意味する。例えばトヨタ車のユーザーが、行きつけのガソリンスタンドで車検を受けたりするのは、顧客のニーズの流出だ。だからメインテナンスパックを用意して、全部トヨタがサービスすることを目指す。

 もちろん車検だけの話ではない。あらゆるサービスが該当する。例えば残価設定クレジットになるとアフターマーケットの部品を使ったカスタムがしにくくなる。だったら残クレの査定評価に響かないオフィシャルカスタムパーツをトヨタが提供すれば良い。そうやってクルマを使う人が関連して使うあらゆる出費をまとめて提供するのだ。

 クルマで出かける時の高速料金もトヨタのETCカードで払って貰えば良い。レクサスあたりの高級車であれば、ナビのコンシェルジュ機能と繋げて、レストランやホテルのリコメンドを行って手数料で稼ぐとか、広げようと思えばいくらでもビジネスの幅は広がる。

 問題はそのモチベーションである。全ての背景にゼニ勘定を置くと、そういう態度は透けて見えるし、それは結局、誰かのビジネスチャンスを奪い取ることを意味する。トヨタが経済支配する社会みたいな構想は社会から拒絶されることは容易に想像できる。

 世の中には「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という格言がある通り、大きくなればなるほど、トヨタは自分のわがままを抑圧する必要がある。本心から「世のため人のため」と思わなければ、ルイ16世のように大衆に吊るされる。それがトヨタにはわかっているから、もう必死になって「幸せの量産」と言い続けている。2021年の株主総会では豊田社長が「『グローバル』や『世界一』ではなく、『町いちばん』。私たちがお世話になっている町で、いちばん信頼され、いちばん愛される会社を目指す。お世話になっている町の人々の笑顔のために仕事をするという考え方です」とトヨタのあり方を定義している。

 バリューチェーンのワンストップはあくまでもユーザーの利便性を中心にして、場合によってはトヨタ自身の利益を度外視しないとおそらくは成立しない。トヨタの利益の都合に合わせた選択肢から選ばせるようでは、その裏側が容易に想像できてしまうからだ。

MOSKINでは多様な選択肢を用意することで、「誰もが手軽にモータースポーツの感動に触れられる」を目指す

 さて、そういう中で、今年の8月から新たに「MOSKIN」というサービスが始まった。その意味は「モータースポーツKINTO」。要はサーキットをレンタルしたクルマで走れるサービスである。

 GRヤリスの様なクルマをリリースしても、各ディーラーに常時試乗車を用意することは難しいし、仮にあったとしても周辺をグルっと回った程度で真価がわかるクルマではない。トヨタがこのクルマに込めた価値をわかってもらうには、あるいは顧客が十分に満足できる試乗体験を提供するには、サーキット環境を用意するしか無い。

利用料にはガソリン代や消耗品代、サーキット利用料や車両保険も含まれ、手ぶらで参加できる(詳細は公式サイトを確認ください)

 現在レンタルが行われているのは千葉県の「袖ヶ浦フォレストレースウェイ」と愛知県の「幸田サーキットyrp桐山」の2コースだが、webサイトにはCOMING SOONの枠があと2つ用意されており、順次選択できるコースが増えていく模様だ。

 ちなみに選べる車両は今の所、トヨタ86とGRヤリスの2車種。袖ヶ浦フォレストレースウェイの場合、1枠30分でGRヤリスの場合、5万3600円。2枠なら9万7200円。ちなみにトヨタ86なら1枠4万3600円、2枠7万7200円となっている。料金には、コース使用料、車両レンタル、ガソリン・消耗品が含まれている。

 コンセプトとしては「手ぶらでサーキット」を目指しており、ヘルメットやグローブのレンタルも可能だ。ただし、最初の1回だけはサーキットのライセンスを取得する必要があり、まずは1回講習を受けなくてはならない(ライセンス保持者は除く)。

 さて、GRヤリスを本気で試したい人にとってこれ以上のサービスはないと思われるのだが、料金は常識的に見て激安で、おそらくトヨタに利益らしい利益はないだろう。GRヤリスの様なクルマを造っても「こんなもの一体どこで走るんだ」という批判は常にあるだろう。それに対するトヨタの真面目な回答だと思う。

 もちろん「そんなもの買った人の問題だ」ということもできるはずだが、そうやってユーザーの気持ちに応えない姿勢では「町いちばん」にはなれない。豊田章男会長は何か問題を起こした時に守るべき基本姿勢として「逃げない。ごまかさない。嘘をつかない」を掲げてきたが、まさに「どこで走るんだ」について、基本姿勢を貫いて出した答えだと思う。それは優等生発言やその場を取り繕う模範回答とかではなく、この先にもトヨタが成長していくに際して、逃れられない生存戦略なのだ。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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