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更新日:2025.07.25 / 掲載日:2025.07.25
トランプ関税決着でどうなる自動車産業【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●ホワイトハウス、スバル、マツダ、トヨタ
4ヵ月近く揉めに揉め続けたトランプ関税がひとまず決着。8月1日から、米国が一方的に通告していた自動車への関税を25%から15%に引き下げることが決まった。
とは言え今後の展開を予測しながらしっかりと考えないと評価できないところ。ただ世の中の受け止めは、かなり好感触で、日経平均株価は限りなく4万2000円に近づいた。
読売新聞によれば、「トランプ氏は関税率を1%下げるたびに見返りを求めるディール(取引)をたたみかけた」とのことで、これが事実だとすれば米大統領は、輸出入のグランドデザインを持たずに、マイクロマネジメントで成果を上げようとしていることになる。わかりやすく言えば「ポリシーも戦略もない値切り交渉」でしかないし、それはおそらく大局を動かさない。
トランプ大統領は4月2日の大統領令に「巨大な貿易赤字は米国に対する尋常ならざる脅威であり、私は国家非常事態を宣言して追加関税を課す」と記したが、米国が豊かで人口が多い以上、輸入超過を抑え込むのは難しい。

自動車に関して言えば、ジェトロが作成したグラフを見てわかる通り、米国のマーケット規模は1600万台ほど。対して日本のそれは400万台に過ぎない。対米マーケットにかけられるコストやエネルギーと、対日マーケットにかけるそれは絶対に釣り合わない。
だから日本のメーカーは米国でしか売らない専用車をたくさん設計して米国の顧客の求めるクルマを販売できているが、米国メーカーはそもそも日本に向けて右ハンドル仕様すら作らず、日本の顧客の求めるクルマがない。
それはマーケットからもたらされる利益期待値が違うのだから全く当然で、ガチで米国マーケットを取りに行っている日本メーカーと同じことを米国メーカーがやれば、必要な投資に対して台数の割が合わず、採算的に赤字になるだけである。
ざっくり3億人の人口とGDP28兆ドルの米国マーケットと、1.2億人と4.2兆ドルの日本では投資期待利益が全く違う。世界中のビジネスパーソンが隙あれば米国で製品やサービスを売ろうとしている。そして日本はそういう甘い果実だと思われていない。


しかもこの所グングン伸びていた中国市場への西側陣営の輸出を、米国自身が邪魔して止めているわけで、中国に輸出できなくなった分をどこで売るかと考えれば、No.2マーケットの米国にさらに集中するだけだ。そういう「水が低きに流れる」にも似た位置エネルギー差の様な構造を、政策で止めるという壮大な実験を米国は今行っていると言える。
さて、では15%の関税がどういう働きをするか考えてみる。日本からの輸出に対して、15%の関税がかかるとするならば、普通は日本車は値上がりする。あるいはメーカーが利幅を削って関税分を吸収するということになるが、自動車という製品の原価比率を考えれば15%の関税分全額を小売価格に転嫁しないで販売を続けることは長期的にはできない。
なので日本車は売れなくなる……とはおそらくならない。今回のトランプ関税の特徴は、関税の対象が日本だけではないということである。単純に考えれば米国内で生産している米国車にとって有利になる様に思われるかも知れないが、今や3万点にも及ぶクルマの部品は国際分業によって生産されており、米国車の部品もUSMCA(旧NAFTA:米国、カナダ、メキシコの自由貿易協定圏)で作られている。労働集約的な部品ほど人件費の安いメキシコで生産されており、日本が不利になるかどうかはカナダとメキシコへの関税率による。
厳密に言えばUSMCA規定の製品に対する課税例外措置に依存するのだが、そこがどうなるかはまだわからない。仮にGMやフォードやクライスラーが利用しているこれらの非関税特権が剥奪されれば、米国産のクルマも関税支払い分高くなるので、日本車だけが特別価格ハンデを持つことにならない。日本の関税率が決まったとしても何も決まらない。決まるのはUSMCA圏の関税率がどの程度で妥結されるかである。要するに日本車だけ高くなるか、その他のクルマも高くなるかという話だ。
どうもUSMCAのルールも現状維持で妥結することは難しそうな雲行きで、だとすればその結果は、米国では全てのクルマが値上がりすることになる。それによって困るのは米国民であり、全てのクルマが高くなる。新車が買えない層が中古車に流れ、そうなればそもそも相場商品である中古車は敏感に値上がりする。かと言って米国はよっぽど特別な所に住んでいない限りクルマがなければ生活できない。と言う様に順当に考えると米国のインフレが進み、国民の不満が高まってこの政策は維持できなくなる可能性が高い。
もう一点、では多くの企業が仮に米国にサプライチェーンを集中させて、全てをメイドインUSAに切り替えたとする。インフレが進めばさらに賃上げをしなくてはならなくなる。そして、米国労働者の高い人件費をベースに車両価格が決まる。USMCAを使って国際分業を進めたのは、メキシコやカナダの安い土地と人件費を使うことで車両価格を下げて競争力を上げるためであって、それを逆回転させれば車両価格は上がる。つまり二重三重にインフレが加速するのだ。
日本の自動車メーカー幹部に聞けば、仮に関税が25%になったとしても100%メイドインUSAで生産するコストより安いと言う。明言はしないものの、もう関税が来るなら来るでそのまま突破するという覚悟ができている。実際の所過去にとてつもない円高で実質25%程度の関税に相当する為替差を成長しながらクリアしてきたことを考えれば越えようとして越えられない壁には思えない。
さて、この15%妥結の数日前、7月18日に、蓼科で行われた交通安全のためのタテシナ会議の後、新聞記者のぶら下がり会見で、朝日新聞の記者がトランプ関税について質問したことにトヨタの豊田章男会長は以下のように答えている。
「(関税に対しては)推測しない。準備しましょう。多分目的は貿易赤字を削減しようと言うことだと思います。例えばトヨタからの50万台を含む日本からの150万台の輸出が減れば、貿易赤字は相当改善はできるでしょう。しかし日本にとっては、外貨獲得機会を15兆円分失います。これはちょうど日本がエネルギーを買っている金額に相当します。じゃあエネルギーを買う分の外貨をどうするんだという話になると思います。例えばカムリの様な米国生産車を日本に輸入して販売するとか、まだやれることはあると思います」。

筆者の見解としては、何か騒ぎが起きると「日本はもうおしまいだ」とか、メーカーを名指しして「相当に厳しいことになる」と言う様な論調が見られるが、ここまで書いてきた通り、そんな関税の設定ひとつで何のリスクもなく国が潤うのなら、世界全部の国がそうしている。
短期的なメリットと引き換えに大きな物を失うから、各国はルールを守っている。米国がUSMCAで投資家に約束したメリットを反故にするようなことがあれば、アメリカの信用に大きな傷が付く。今回の件ですでに投資家はアメリカンリスクを考え始めている。今後の動向いかんによっては、アメリカはカントリーリスクの高い国なので投資優先度を下げるということなりかねない。一番の問題はむしろそこではないかと思うのだ。
