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更新日:2017.12.14 / 掲載日:2017.11.27
ホンダS660の神髄 ビートよりも10倍痛快だ!
弱冠26歳のプロジェクトリーダー

07年モデラー(絵から造形をおこす職種)として本田技術研究所に入社。’10年に研究所の50周年を記念した新商品提案コンペに応募しグランプリを獲得。ブルーのクルマが彼の作品。アクティをベースにミドシップの試作車も作られた。その後’11年の東京モーターショーに出展されたEV-STERが好評だったこと受けて、商品としてのGOが出され、S660として市販されることになった。コアな開発メンバーは20人ほどで、スポーツカーを語り出したら止まらない熱い人たちばかりだ
【本記事は2015年4月にベストカーに掲載された記事となります。】すでにいろんなメディアで話題になっているけれど、このS660のプロジェクトリーダーに抜擢された椋本さんは、なんと弱冠26歳の若者だ。 最初にこの話を聞いた時、ボクは「え~? それってメディア用の看板なんじゃね?」と疑いました。だって、常識的にそんな人事は無茶だし、クルマ一台まとめるには26歳じゃスキルも経験も足りない、そう思うよね普通は。でも、実際に椋本さんに会って話したら、「いやぁ、言い出しっぺだからお前ヤレってだけですよ」とアッケラカンとしたもの。ホンダの場合、プロジェクトリーダーと役職は基本的に関係ないし、スキルと経験は開発スタッフがバックアップするからOK。単純にそういうことらしい。
“若いセンス”

椋本さんの提案したクルマのイラスト
どうも、他社の主査やらチーフエンジニアとはちょっと違うタイプのリーダーなんですね、彼は。じゃ、なんで椋本さんがプロジェクトリーダーに抜擢されたかといえば、やっぱり“若いセンス”が求められたからだ。スポーツカーというのはクルマの原点に近いぶん、基本的にコンサバティブなもの。オジサンが作ると、どうしたって懐古趣味から逃れられない。ホンダでいえばS2000がその典型。S660の開発テーマは「クルマの楽しさを直球で発信する」というものだけど、それは懐古趣味ではなく未来志向であるべき。それがホンダのエライ人が椋本さんに託したメッセージなんだと思います。
エクステリアに未来志向を感じた

写真のカラーはカーニバルイエローⅡ。ちなみにビートのイエローはカーニバルイエローといった。S660はいろいろ研究し、このイエローに到達したという
エクステリアに未来志向を感じたその未来志向のメッセージ、ボクはまずエクステリアデザインから感じたね。軽の枠内でスポーツカーをデザインするのは容易なこっちゃないけど、このS660は硬質なカタマリ感があって実にスタイリッシュ。こればっかりは実物を見てもらわないとその感動が伝わらないけど、文句なしにオシャレだしカッコいい。スポーツカーとしてみてもいいし、シティランナバウトとしてもモダンでキュート。個人的には新型NSXよりずっとグッドデザインだと思う。いっぽう、コックピットに身を沈めると、これはまごうかたなきスポーツカーそのもの。この部分はすごく基本に忠実で、スポーツを超えてレーシィなイメージだ。低く構えたドライビングポジション、ステアリングとシフトレバーの位置関係、ペダルはちょっとセンター側にオフセットしているが、これはショートホイールベースのミドシップにはつきもの、ココはこれでいい。シートに座ってビシッとポジションを決めると、ボクの身長(175cm)だとちょうどセンターロールバーの下に頭がすっぽりおさまる。ストンと落ちた短いフロントノーズがドライバーの視界にはいらないのはミドシップのお約束。このドラポジとコックピットの雰囲気はめちゃくちゃ本格派。軽というジャンルを超えて、どこへ出しても恥ずかしくない“ホンモノ感”がある。
速くはないが官能度は凄い

スペックはNシリーズのものと大差ないが、新型のターボチャージャーを採用しレスポンスを向上、コーナーリングからの立ち上がり加速で違いを見せる。CVTが7000回転までなのに対し、6MTは7700回転まで回る。アクセルオフの際の「シュポン」というブローオフバルブの音が小気味いい
速くはないが官能度は凄い赤いスターターボタンを押してエンジンを始動。カシッとした手応えのシフトレバーを1速に押し込んでスタートしてみよう。エンジンはNシリーズと共通のDOHC直3ターボで、64ps/10.6kgmというスペックも同じ。知ってのとおり、例の“自主規制”というヤツが原因だ。このエンジンに対して車重は850kgほどだから、全開加速を試しても加速フィールはそんなに劇的なものじゃない。ここはあんまり期待しちゃ駄目な部分です。ただし、N-ONEと同じ加速タイムだったとしても、踏んでワクワクする官能性能の部分ではS660はぜんぜん別物。シフトアップでアクセルを戻した瞬間の「パシュッ!」というブローオフバルブの音。そのサウンドとともに2速、3速とシフトアップする歯切れよいシフト感。スピードが乗ってくるにしたがって高まる音と風の演出……。こういう雰囲気づくりが実に楽しい。こういう部分の作り込みにはこだわっていて、アクセルオフでターボのブローオフバルブからバイパスされるエア音を強調するデバイスや、リアガラスが3分割されていてセンターが電動で下がる仕かけとかがその代表。リア中央窓を開けておくと、エンジンサウンドがダイレクトに飛び込んでくるし、コックピットに巻き込む風の流れが変わって髪も乱れにくくなる。こういうオープンスポーツならではの演出はCVT仕様でも楽しさに変わりなし。パドルシフトを積極的に活用すればかなりMTライクなシフトも楽しめる。MTのみだったビートの時代と違って、いまやAT限定免許の時代なんだから、ここをおろそかにしちゃいけません。
ホンダ車らしからぬハンドリング

アジャイルハンドリングアシスト:VSAを活用し、曲がりたい方向の内側に軽くブレーキをかけることで、アンダーを消し、スッと曲がって、ピタッと収まるハンドリングを実現している。全車標準装備だ
ホンダ車らしからぬハンドリング注目のハンドリングについては、操安性のクォリティの高さ、硬めながらしなやかな乗り心地など、シャシー作りがものすごく大人っぽくて洗練されたことにかなりビックリしました。正直に白状しますと、ボクはホンダのシャシー作りについてはあまり好感を持っていません。スポーツ系はヨーゲイン過剰、乗用車系はポコポコ落ち着かない乗り心地、どちらも走行ペースしだいでは“ツボ”にハマることはあるものの、日常スピードにスイートスポットがない、いつもそれが不満です。しかし、そんなボクでも、このS660、ハンドリングのすばらしさにウナリました。発売前ゆえ試乗コースはホンダ熊本工場隣接のサーキット、公道で試していないので100%保証はできないんですが、コイツの足のよさはタダモノじゃありません。最初ピットレーンから加速してゆく際、ステアリングを左右に揺さぶって操舵初期の反応を見ます。ここでの印象は「なんかミドシップスポーツとしてはしっとりマイルドね」というもの。舵角とヨーレスポンスそしてその時の路面反力の関係がちょうどいい。やりすぎてないんです。
印象さらにアップ

とにかく乗って気持ちのいいスポーツカーに仕上がっていると評価する鈴木氏。唯一の注文はエンジンにもう少しパンチがあればという。なおタイヤは専用でYOKOHAMA ADVAN NEOVA AD08Rを装着
ガンガンアタックしてゆくと、印象さらにアップです。今度はコーナーの飛び込みだからブレーキングが残るわけですが、フロント荷重と舵角が増えても、ぜんぜん特性が乱れずに素直にノーズをインに向けることができる。特にすばらしかったのは、フルブレーキングから3速→2速とシフトダウンして左→右と切り返すシケイン。「手前でこれだけフェイント気味に振っているんだから、二つ目の右ターンじゃ絶対お釣りもらうな?」。こう意識してステアリングを切ってゆくわけですが、意外や意外! ピターッと路面に吸いつくようにきれいにコーナーのアペックス(頂点)をなめてゆく。S660にはアジャイルハンドリングアシストと名づけたブレーキによるヨー制御(要するに内側輪にブレーキをかけてアンダーを殺す仕かけ)が備わっているのですが、ソレも確かに効いている。また、ブレーキもほぼABS作動寸前といった状況下で、実にイージーコントロール。ほんとに狙ったラインにビシッと乗せる快感がある。「ナニこれ? 面白いジャン!」もう、猿のようにキャッキャいいながら走りまくっちゃいましたね。
ハンドリングの作り込み

乗り降りしづらいほどシート位置が低く新鮮なコックピットまわり。180cmを超える大柄な男性が乗ってもゆとりあるポジションがとれる
ゆっくり走っている時はおだやか、しなやかで、そこから攻め込んでいってもビターッとオンザレール。へんにギスギスしたところがなくて素直。ハンドリングの作り込みに一本きちんと芯がとおっていて、乗り心地をふくめて走りがとっても上質で統一感がある。文句なしに気に入りました。最初の話題にもどると、26歳の椋本さんをプロジェクトリーダーとして抜擢したこのS660、彼がオジサンたちのダミーとか思ったのはトンでもない誤解でした。オジさんたちが牛耳っていたホンダの足作りに革命を起こしたという意味では、S660は椋本さんを切り込み隊長にしたホンダの若手エンジニアの「クーデター」。それが実態なんじゃないすかね?大河ドラマ『花燃ゆ』のごとく、ここはぜひ松下村塾に集まった改革派の若手にならい、ホンダをもっともっと面白くするために大暴れしていただきたいと思い