車の歴史
更新日:2025.08.26 / 掲載日:2025.08.26
スモールカーの大傑作「Mini(ミニ)」ヒストリー【名車の生い立ち#16】

8月26日は何の日かご存知でしょうか。そう、あの伝説の名車「Mini(ミニ)」が生まれた日として知られています。イギリス生まれのMiniは、今から66年前の1959年に発売され、欧州各国で大ヒット。大衆車の普及に大きく貢献しました。改良を重ねながら90年代まで生産されたロングセラーとなり、日本の自動車ファンにも親しまれています。今回は、そんなMini誕生から現在までの歩みを振り返っていきましょう。
イギリス最大の自動車メーカー「BMC」の誕生

Miniは、クルマにあまり興味がないひとでも知っているほど有名なのは間違いありません。でも、「Miniを作ったメーカーはどこでしょう?」と問われたら、答えに詰まるひとも多いはず。Miniの歴史を紐解く前に、まずは発売当時のイギリスの自動車メーカー事情についておさらいしておきましょう。
もともとイギリスには大小さまざまな自動車メーカーが存在していました。その数は資料によって異なりますが、戦前から戦後にかけてイギリス国内だけでも20を超えるメーカーが存在したといわれています。1950年代に入った頃、その中心にいたのはオースチン・モーター・カンパニーとナッフィールド・オーガニゼーションの2社。前者は1905年設立の老舗自動車メーカーで、オースチン セブンなど身近な大衆車を手掛けていたことで知られていました。
一方、後者はモーリス・モーター・カンパニーが起源で、後にウーズレーやライレー、さらにスポーツカーブランドのMGを傘下に収めることで、1938年にナッフィールド・オーガニゼーションとなった大手自動車メーカーです。オースチンとナッフィールドは互いにライバル関係でしたが、1952年に合併してブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)が誕生。イギリスで最大規模の民族資本系自動車メーカーとなりました。
その背景にあったのは、アメリカ系自動車メーカーの進出が挙げられます。特にアメリカ資本のフォードは古くからイギリス市場に参入しており、オースチンやモーリスなど民族資本の自動車メーカーにとって大変脅威な存在でした。自国の自動車メーカーを守るために2社は結託し、フォードやヴォクスホール(GM傘下の自動車メーカー)に対抗したのです。
なお、BMC設立後も自動車メーカーの吸収合併が続き、1966年にはジャガーを吸収(社名はBMCからBMHへ)。1968年にはトライアンフを擁する商用車メーカーのレイランドやローバーと合併(社名はBMHからBLMCへ)。1970年代に入る頃には10以上のブランドを要する巨大企業へと成長していきました。
スエズ動乱が契機となり「Mini」誕生へ

話を1950年代初頭のBMC時代に巻き戻しましょう。ちょうどBMCが設立された頃、戦後の新しい時代に向けたニューモデルの開発に向けて動き出しはじめていました。ところが、1956年9月に第二次中東戦争(スエズ動乱)が勃発。イギリスもこの戦争に参加することに。これにより石油価格が高騰し、イギリスを含む欧州諸国はオイルショックに見舞われたのです。当のイギリスでもガソリンの配給制が復活し、もうクルマに乗れなくなる……と国民が危機感を感じるほど深刻な状況に陥ります。BMCにとって、小さくて燃費のよいクルマの開発は急務でした。
そこで白羽の矢が立ったのは、もともとモーリス社で手腕を振るっていたアレック・イシゴニス氏。小型車モーリス マイナーの開発で実績を残した生粋のエンジニアでした。彼は、これまでの固定概念にとらわれない小さくて独創的なクルマを作る必要があると考え、新しい小型車の設計に乗り出したのです。開発コードは「ADO15(Ausutin Drawing Office 15)」。全長わずか3m程度のモノコックボディの前後にサブフレームを組み込み、フロントにエンジンとトランスミッションを2階建て構造として搭載。エンジンを横置きの前輪駆動(FF)とすることでキャビンのスペースを稼ぎ、室内は4名乗車を実現した革新的なスモールカーを思い描きました。今でこそ横置きエンジン+FFというレイアウトはありふれたものですが、1950年代は極めて斬新な設計でした。
この全く新しいクルマこそ「Mini(ミニ)」の始まりなのです。1959年、オースチンとモーリスの両ブランドからそれぞれ「オースチン セブン」、「モーリス ミニ マイナー」として発売し、たちまち大ヒットモデルに。どちらも愛らしい丸目のヘッドライトを持つ小型サルーンでしたが、フロントグリルの形状やエンブレム、内装で差別化されていました。その後、毎年のようにアップデートを繰り返してMiniは身近な大衆車としてイギリスを中心に広く受け入れられていきました。
改良を重ねて90年代後半まで生産されたMini

最初のビッグマイナーチェンジは1967年、会社名がBMCからBMH(ブリティッシュ・モーター・ホールディングス)に変更された翌年のことでした。発売後パワー不足を指摘されていたMiniは、排気量は従来の848ccに加えて998ccモデルを追加。リアウインドウの拡大やテールランプの形状も変更されました。続く1969年の改良では、ハイドラスティックサスペンションがラバーコーンに戻され、内外装もリファイン。改良の前年に親会社がBMHからBLMC(ブリティッシュ・レイランド・モーター・カンパニー)になったことで、これ以降のミニは「BLMC ミニ」と呼ばれることに。これを機にエンブレムはBLMCに統一、オースチンとモーリスの区別もなくなりました。

また、Miniはさまざまな派生車も生み出されています。1960年にはリアに荷室を備えたミニ バンやミニ カントリーマン/モーリス ミニ トラベラー、その翌年にはミニ ピックアップが登場。さらに、BMCが擁するライレーブランドから「ライレー エルフ」、ウーズレーブランドから「ウーズレー ホーネット」が発売されました。これらはMiniの高級バージョンという位置付けで、Miniの多様性を語る上で欠かせないもの。一方、スポーティなMiniも忘れてはならない存在。それは、1961年に登場した「ミニ クーパー」です。アレック・イシゴニスの旧友であるジョン・クーパーが手がけたこのモデルは、997ccのエンジンを搭載して55馬力を発揮。足まわりも強化され、軽快な走りが楽しむことができました。以降、Miniの代名詞として確固たる地位を築きます。
その後、BLMCは国有化され、1975年にはBL(ブリティッシュ・レイランド)へと社名を変更。さらに1982年にはARG(オースチン・ローバー・グループ)になり、1988年に再び民営化されました。それゆえ、以降のMiniは「ローバー ミニ」と呼ばれるように。1990年代に入ると、エンジンはキャブレターからインジェクションに置き換えられ、改良を重ねながら販売を継続。最終的には2000年まで生産が続けられました。そして日本にも数多くのMiniが輸入され、たくさんのファンから愛されたのです。
BMWの元で生まれ変わった新世代「MINI」の登場

ところで、1986年にARGは社名を「ローバー・グループ」に改称します。かつては多くのブランドを抱えていたARGでしたが、この時点でほとんどのブランドは事実上消滅していました。1989年にはフォードがジャガーを買収。1994年にはMiniを含むローバー・グループ全体がBMWに買収されるなど、大きな再編に見舞われてしまいます。そして21世紀も間近に迫った2000年、BMWはローバー・グループを分割し、ローバーを投資グループのフェニックス社へ、ランドローバーをフォードへ売却。手元に残されたMiniは自動車メーカーの再編に揉まれながらも、BMWの元で再出発することになったのです。

翌年の2001年、BMWはまったく新しいコンパクトカーを送り出します。そのブランドの名は「MINI」。誰もがひと目であの「Mini」が現代に蘇ったと感じました。ボディサイズはかつてのMiniと比べてひとまわり大きいものの、丸目のヘッドライトや愛らしいフロントグリルは、紛れもなくMiniそのもの。パワートレインは、クライスラーとの合弁会社であるトライテック・モータースが手がける1.6L 4気筒を搭載し、その走りっぷりは、BMWのDNAが注がれたことで非常にスポーティなものとなりました。特にスーパーチャージャーを搭載した「クーパーS」は、スポーツカーに肩を並べるホットなクルマとして高い評価を獲得。かつてのMiniファンはもちろん、若い世代の心を掴んだMINIはたちまち話題の中心的な存在となったのです。

2004年には、電動ソフトトップを採用したMINI コンバーチブルを追加。ワンタッチで屋根を開閉でき、軽快なオープンドライブを楽しめるモデルとして注目されました。2006年には、世界限定2000台の「クーパーS with JCW GP Kit」を発売。JCWは、ジョン・クーパー・ワークスの略。以降、JCWはMINIのハイパフォーマンスモデルとしてブランドイメージを牽引していくことになります。
見た目は似てても中身はしっかり進化した2代目

2007年、MINIがフルモデルチェンジしました。BMW製のMINIとして2代目となるこのモデルは、基本的にキープコンセプト。初めてその姿が公開された時、多くのひとは「どこが変わったのだろう?」と思うほど。しかしよく見るとヘッドライト形状やラジエーターグリルが異なり、ターンインジケーターもヘッドライトに格納されることですっきりとした印象になりました。室内は、センターに置かれる大型スピードメーターは先代から引き続き採用。Miniの時代から続く「らしさ」を残しつつ、新世代に向けたブラッシュアップが行われました。

パワートレインは、「クーパー」には1.6L 4気筒、「クーパーS」には1.6L 4気筒ターボを搭載。先代はトライテック製でしたが、新型はPSA(プジョー/シトロエン)との共同開発で生まれたもの。特に後者は最高出力175馬力を発揮し、街中でも扱いやすいハイパワーが定評でした。トランスミッションはそれぞれ6速MTと6速ATを搭載。同年には1.4L 4気筒が搭載され、エントリーグレード「ワン」として設定へ。内外装や走りをブラッシュアップしたことで、プレミアムブランドとしての地位を築き上げていきました。
クーペやSUVも!? バリエーションを拡大した新世代MINI

2代目MINIには多くのボディタイプを設定したこともトピックでした。2007年には、ワゴンボディのMINIクラブマンが登場。ボディの右側が観音開き式となるのが特徴で、MINIらしいスタイリッシュさと実用性を兼ね備えていました。2009年には、先代にも設定されていたMINIコンバーチブルを追加。こちらは、時速30km以下ならトップの開閉が可能になり、より気軽にオープンドライブが楽しめる1台。

MINIの新タイプはまだまだ続きます。2010年には、コンパクトSUVのMINIクロスオーバー(海外名はMINIカントリーマン)がデビュー。ボディサイズを拡大し、4ドアを備えたのが特徴です。これにより後部座席へのアクセスも向上し、利便性が大幅に改善。また、ALL4と呼ばれる4WDも設定され、SUVらしい走破性能を身につけたことも話題となりました。

続く2011年にはMINIクーペ、その翌年にはMINIロードスターが登場。いずれも2シーターで、MINIファミリーのなかでもとりわけスポーティな存在でした。さらに2013年には、クロスオーバーをベースに3ドアクーペに仕立てたMINIペースマンもデビュー。スポーティさと実用性をほどよく兼ね備えた個性派モデルで、MINIに新しい風を吹かせたのです。ベーシックな3ドアを含めると、2代目MINIは7つのボディタイプを持つビッグファミリーへと成長していきました。
10年にも及ぶロングセラーになった3代目MINI

2014年4月、日本でMINIがフルモデルチェンジして3代目へ。7年ぶりに一新されたMINIは、各部をリフレッシュしながらもひと目でMINIとわかるルックスが採用されました。フロントグリルは縦方向に拡大され、初代MINIに近いデザインに。ヘッドライトにはLEDが採用されたことで、モダンな佇まいとなったことも見どころ。一方、室内のスピードメーターはインパネ中央からステアリングコラム上に配置され、視認性をアップ。代わりに従来の場所にはナビゲーションの案内表示など、さまざまなインフォメーションが表示されるようになりました。

パワートレインは、全モデルに新開発ターボエンジンを採用。「クーパーS」には2.0L 4気筒ターボ、「クーパー」には1.5L 3気筒ターボが搭載されました。後に1.2L 3気筒ターボの「ワン」、1.5L 3気筒ディーゼルターボの「クーパーD」、2.0L 4気筒ディーゼルターボの「クーパーSD」などバリエーションを拡大。ディーゼルエンジンは先のMINIクロスオーバーにも設定されていましたが、3ドアでも選べるようになったことで選択可能が広がりました。また、同年10月には新ボディタイプのMINI 5ドアが設定され、ファミリー層にもアピール。その後、クラブマンやクロスオーバーもモデルチェンジを受け、以降10年にわたって販売されるロングセラーモデルとなったのです。
電動化モデルにも対応し、MINIは新時代へ

BMCがMiniを生み出してから60年以上の月日が流れた2020年代。アレック・イシゴニスが生み出した「Mini」からBMW製「MINI」へと代替わりして20年以上経ち、その在り方も少しずつ変わっていきました。ひとつはプレミアムブランドとして歴史に裏打ちされた価値が再認識されたこと。もうひとつは、電動化への対応が迫られたことです。それを受け2023年にはMINIの次世代モデル第1弾として、MINIカントリーマンが発表。これまで日本では「MINIクロスオーバー」と呼ばれていましたが、新型は海外市場と共通の「MINIカントリーマン」に統一。これは、内燃機関と電気自動車の両方に対応したモデルとなったのが大きなトピックといえます。

2024年には3ドアと5ドアが一新され、こちらも内燃機関と電気自動車を設定。MINIのDNAを継承したルックスを持ちながら、MINIの本質的なブランド価値に迫ったデザインは、新時代のMINIにふさわしいものとなりました。特に室内はデジタル化が推し進められ、メーターパネルを廃止。運転に必要な情報はヘッドアップディスプレイに映されるように。インパネ中央には有機ELのセンターディスプレイが配置され、スマートフォンのような直感的な操作が可能となりました。さらに、新しいバリエーションとしてMINIエースマンが登場。こちらは電気自動車のみのコンパクトなクロスオーバーで、4代目MINIの顔ともいえる存在に。

2025年8月26日に66年目の誕生日を迎えるMini。親会社が移り変わり、自動車業界の荒波に揉まれつつも現在まで生き残れたのは、時代の潮流に合わせた設計思想とアイコニックで完成されたデザインがあったからこそ。BMWの元で生まれ変わった現在も、その魂は息づいているのです。