モータースポーツ
更新日:2023.11.25 / 掲載日:2023.11.24
日本に根付きそうなラリージャパン【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文と写真●池田直渡
11月16日から19日に、ラリージャパンが開催された。FIA世界選手権であるWRCシリーズ戦に組み込まれて開催されるラリージャパンは、2004年の第1回から6回まで北海道で開催されたが、2022年と本年は会場を中部地方(愛知・岐阜)に移した。以後恒久的に中部と決まったわけではなく、再び北海道でも開催されるかも知れないし、関東や近畿でも開催されるかも知れない。今の所、来年は今回同様中部開催となる予定だ。
さて、ラリーという競技は、日本ではまだまだ関心を持って楽しんでいる人口はそう多くない。ひとつには広域コースで走行するため、メディア中継にあまり向かないことがある。航空法の絡みもあって、他国のように手軽にヘリ中継が行えず、固定カメラによる断片的なステージのシーンしか届けられないため、全体の進行を掴みにくい。トップ争いに参加する選手を追い続けるような中継が難しいのでテレビ観戦が盛り上がりにくい。
それはリアル観戦でも同様で、ラリーはその特性から山間部にスペシャルステージが設けられることが多いが、日本の山間部は迂回路がないケースが多く、競技の安全確保のために道路封鎖をすると、観戦者がコースに近寄れない。道路閉鎖前に観戦エリアに移動しなければならないし、封鎖が解かれるまで帰れない。あるいは、数少ない迂回路のある場所で見るかだ。それは同時に移動が不自由なことを示し、ある場所で見終わったら他の場所へ移動するのがとても難しい。熱心なファンでもあちこち移動しながらラリーを楽しむことが難しいわけだ。しかも山間部は見通しが悪く、車両が通過する一瞬しか観戦ができない。
加えて、同じコースを1台ずつ時間差で出発する競技方式のため、通常のレースの様に抜きつ抜かれつを目で見ることができない。車両クラスとライバル関係を頭に入れて、暫定最速タイムと比べながら見ることが求められる。物理的にも知識的にも、観戦するために求められる敷居が高い。

しかし、どうやら今回のラリージャパンでその様子が変わりそうな予兆がある。ラリージャパン2023では、大きく分けて3種のステージが設けられた。いわゆる競争セクション、「スペシャルステージ」に該当するステージは「峠ステージ」「公園ステージ」「スタジアムステージ」となっている。
峠ステージはオフィシャルな呼び名ではなく、今回取材した一部のジャーナリストの間で使われた呼び名だが、なかなか良い呼称だと思う。欧州などのステージと比べて、細く、曲がりくねっていて、降雨量が多いため排水のための側溝があり、しかも競技スケジュールの都合から開催時期が晩秋であり、濡れた落ち葉で滑りやすい。今回は悪天候と霧による視界不良もあって、17日、DAY2のステージはかなりなサバイバルレースになった。
そういうコースなので、難しくて嫌われるかと思いきや、選手たちには意外に好評らしい。F1の鈴鹿が、テクニカルコースとして特別なサーキットとして愛されているのと同様に、ジャパニーズTOUGEコースもニッポンのテクニカルコースとして敬愛される可能性が出てきたのだ。背景としては漫画『イニシャルD』の影響で世界の言葉になったTOUGEに憧れる世代のドライバーが増えていることも無視できない。
ただし、先に触れた通り、峠ステージは観戦に制限がある。そこで工夫が凝らされたのが、東京ドーム40個分以上の広大な岡崎中央総合公園を使った見せるコースである。この公園は三河山地と岡崎平野の接点付近にあり、起伏に富んだ地形を生かして、サッカーや野球場、テニスコート、弓道場、相撲場などの点在する多くのスポーツ施設を丘陵地の裾野を巻く曲線路で繋いでおり、広大な公園内の谷筋を巡るコースを、いくつもの小高い丘の上から安全に見下ろすことができる。
その結果、ラリーカーが迫力ある速度で走る姿を間近に見ることができ、写真なども撮りやすい。さらに公園内の移動動線も上手に確保できているので複数の観戦ポイントをハシゴできる。トイレや屋台での飲食の充実も加えて、アクセスも東岡崎駅からバスで約30分。東名の岡崎インターからクルマで10分と優れている。おそらく世界的に見ても最も観戦環境が整った観戦者に優しいステージだと言えるだろう。

もうひとつ、豊田スタジアムのスペシャルステージについても書いておくべきだろう。本来4万5000人収容のサッカー競技場として建設されたこのスタジアムに、ラリーのために3億円の巨費を投じてアスファルト舗装を敷き、立体交差のジャンプステージを含めた特設コースに仕立てた。スタジアムの改修タイミングに合わせたから出来たことかも知れないが、このコースは当然狭く、速度も上がらないので大きな期待はしていなかったのだが意外にも面白いのだ。
ポイントはいくつかある。まず面白いのはミニ四駆のコースに倣った2レーン並走型かつイン側アウト側の走路を周回ごとに交代する形式なので、ラリーなのに2台のマッチレースが見られると言う点だ。しかもイン側とアウト側のコースレイアウトがかなり違うので、あまり簡単に勝負が決まらない。最後のコーナーを回ってからも手に汗握る展開が繰り広げられる。



また照明完備のスタジアムなので日没後のステージが用意でき、陽の短い秋でもステージが組みやすい。ショータイム的なライティングでの演出も多彩である。元が大人数の動員を前提としたスタジアムなので、トイレや飲食も充実しており、豊田市駅から徒歩でも10分なので遅い時間に競技が終了してもホテルまで徒歩で帰れる。
観戦側からも魅力的な岡崎中央総合公園と豊田スタジアムだが、興業としてみた場合も、大量のチケットが販売できる点は大きな魅力で、ショービジネスとしての可能性が広がったという見方もできる。なお主催者側では、有料観客席来場者数は9万3000人、沿道での応援なども含めた動員人数を53万6800人と発表している。

いずれにしてもラリージャパンは、世界で類例を見ない3種のステージを持つことになり、WRCのシリーズにおいても独自の地位を占める可能性が出てきた様に思える。今回凄まじい速さを見せつけ、全22ステージ中、10ステージでトップタイムを叩き出した日本人WRCドライバーの勝田貴元選手の活躍と共に、今後のムーブメントが期待される。日本のラリーの大きなターニングポイントかも知れない。