新車試乗レポート
更新日:2022.03.16 / 掲載日:2022.02.03
【試乗レポート BMW M5】高級車とスポーツカー、2つの顔を持つクルマ
文●工藤貴宏 写真●ユニット・コンパス
BMWの高性能モデルにつけられる称号の「Mモデル」。そんなMモデルは、2つにわけることができる。“Mパフォーマンスモデル”と“Mハイパフォーマンスモデル”だ(内外装をスポーティにまとめた仕様の「Mスポーツ」もあるがこれはMモデルには含まれない)。
「駆け抜ける喜び」を極限まで追求した「Mモデル」
“Mパフォーマンスモデル”と“Mハイパフォーマンスモデル”の違いは、単刀直入に言ってしまえば過激度の差である。“パフォーマンス”は峠道や高速道路などに照準を合わせ、乗り心地など快適性を大きく犠牲にしない範囲で走りを磨き上げている。いっぽうの“ハイパフォーマンス”はサーキットを本拠地と定め、限界を引き上げるとともに最高峰の「駆け抜ける歓び」を実現するためのモデルだ。
そうはいっても、実際のところは前者の“パフォーマンス”でもその走行性能と刺激はかなりのものだ。たとえばDセグメントセダンである「3シリーズ」に387psの排気量3.0L 6気筒ターボエンジンを搭載した「M340i xDrive」の走りは、トヨタ「スープラ」の高出力仕様のエンジンを積んだとイメージ(実際に同じものを載せている)すればどれほどのエネルギーを秘めたセダンなの想像できるだろう。エンジンの出力はもちろんのことフィーリングや音といった官能性能も磨かれ、それに見合う足回りをセットアップした高性能モデルだ。そのうえの存在となる“ハイパフォーマンス”として510psのエンジンを積んでさらに性能を磨き上げた「M3」ともなれば、公道で限界を知るなんて不可能なのは言うまでもない。
そんな両者だが、見分けるのは簡単だ。車名の法則性が異なるのである。
「M340i」や「X3 M40i」のように「M+数字3桁+アルファベット小文字」もしくはSUVであれば「車名+M+数字2桁+アルファベット小文字」となるのが“パフォーマンス”。「M3」のように「M+数字1桁」、SUVであれば「X3 M」のように「車名+M」と名付けられたモデルは“ハイパフォーマンス”となる。そして今回紹介する「M5」は、当然ながら後者のハイパフォーマンスだ。
1970年代のはじめにモータースポーツ活動をおこなうBMWのグループ企業として発足した「BMW モータースポーツ」社(現BMW M社)は、1979年に初の市販車である「M1」を世に送り出した。それは専用ボディのスーパーカーだったが、1985年に発売した「M3」とM5はM1とは作り方がまるで違った。BMWの市販セダンをベースにスペシャルなエンジンを搭載してパワーアップし、それに見合う足回りをセットアップ。セダンの形をした高性能スポーツカーだったのだ。
それから35年以上が過ぎ、いまではセダンだけでなくSUVにまでMハイパフォーマンスモデルがラインナップされる時代になった。しかしM5がBMW M社のラインナップにとって重要であることは変わっていない。なぜなら同社にとってベースモデルを高性能化した市販車の原点だからである。
ルックスはあくまでもスマートな「ジェントルマン」
M5は、現在のモデルで7世代目。2017年にデビューし、2020年9月にマイナーチェンジを受けた新型日本で発売された。今回試乗したのはM5のなかでも高性能バージョンとなる「M5コンペティション」だ。通常のM5に対し、25psのエンジンパワーアップをはじめとした性能強化でさらに刺激を増した仕様である(現在の日本仕様は後者だけの展開)。
より多くの空気を吸い込むために大きく口を開いたフロントバンパーなど、M5のエクステリアは標準の5シリーズとは差別化されている。しかしながら、見るからに“狼”のような戦闘的なオーラがあるかと言えば、決してそんなことはない。あくまでスマートな上級セダンを装い、停止状態から時速100kmに到達するのに要する時間がたったの3.3秒という俊足ぶりに関しては強くは感じさせない。
ただし、フロントフェンダーのバッジやカーボンルーフ、そしてレーシングカーのようなデザインのドアミラーなどで、見る人が見れば高い戦闘力に気付くであろう演出は巧みだ。それはまるでエリートサラリーマンのスーツの下にチラリと見える筋肉、といった主張である。
そんな印象はドライブしても同じで、625ps(M5の通常モデルは600ps)を発生する排気量4.4LのV8ターボエンジンはスペックこそ常識外れではあるものの、普通に運転する分にはきわめて扱いやすく荒々しさのみ微塵もない。エンジンに気難しさなど一切なく、加えてトランスミッションはATだから、それこそ免許取りたての初心者や運転に不慣れな人でも身構えることなく走らせることができるのは、さすが今どきのスポーツモデルだ。
しかし、このクルマは2つの顔を持っている。誰にでも優しい運転しやすさがある一方で、腕に覚えのあるドライバーがひとたびアクセルを踏み込めば、M5は本性を現すのだ。まず刺激的なのはそのエンジン音と排気音。鋭くて太く、おまけにアクセルオフ時には大迫力の破裂音を炸裂させる排気音はまるでレーシングカーのようで、魂を揺さぶるもの。これだけで多くのクルマ好きを喜ばせること間違いなしだ。
エンジン出力が600psの“通常モデル”と625psの“コンペティション”のエンジンフィールの違いは、高回転のパンチ力に表れている。コンペティションはトルクがより高回転まで持続され、その結果ピークパワーも増しているのだ。通常モデルでも凄いけどコンペティションはもっと凄くて、その性能はサーキットでしか楽しめないとわかっていても「どうせ買うならコンペティション」という気持ちになってくる。
乗り味に関しても同じことがいえる。ふたつの顔を持つのだ。
サーキットではスポーツカーそのものといった走りを披露する
サーキットのような場所での走りは、スポーツカーそのものだ。鋭いレスポンスと暴力的なパワー、そして締め上げられたサスペンションにより速さと極上のドライビングプレジャーを提供してくれる。シャープかつダイレクトに曲がっていく感覚と旋回中の安定感はさすがBMWだと思える。加えて、歴代モデルではじめて4WDを採用したことで恐ろしいまでのスタビリティを身に着けつつ、ドライバーの4WD制御モード選択次第では完全に後輪駆動となってドリフトもバリバリこなせるあたりも面白い。
いっぽうで、スイッチ操作で走行モードを快適性重視にすれば電子制御サスペンションが瞬時にしなやかになり、ドライバーがアクセルを踏み込みさえしなければ同乗者も快適。ハードなバネより車体の上下の揺れは多少多めだが不快さは少なく、完全に上級サルーンの顔である。
サーキットでの戦闘モードと、ファミリーサルーンとしての快適性。その2つの顔を持ち、制御モードの切り替えで瞬時にキャラ変できるのが、最新のM5なのだ。
加えて2020年秋以降の最新モデルは、先進運転支援システムもBMWの最新仕様へとバージョンアップ。高速道路で前を走るクルマに合わせて速度を自動調整してくれるACCは当然ながら、高速道路での渋滞時(時速約60km以下)ではドライバーがハンドルから手を放しての運転を可能とするハンズオフ機能が搭載されるなど、その先進ぶりでも常識の先を進んでいる。
少し前まで、M5は快適性を犠牲にし、先進運転サポート技術も好まない硬派な仕様だった。しかし、最新のM5乗ってみて強く感じたのは、完全なるキャラ変を身に着けた多重人格っぷりがより明確になったことだった。
BMW M5 コンペティション(8速MT)
■全長×全幅×全高:4990×1905×1475mm
■ホイールベース:2980mm
■車両重量:1940kg
■エンジン:V8DOHCターボ
■総排気量:4394cc
■最高出力:625ps/6000rpm
■最大トルク:76.5kgm/1800-5600rpm
■サスペンション前/後:ストラット/マルチリンク
■ブレーキ前後:Vディスク
■タイヤ前・後:275/35R20・285/35R20
■新車価格:1938万円