車のニュース
更新日:2026.02.13 / 掲載日:2026.02.13
トヨタの社長交代を整理する【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ、一般社団法人日本自動車工業会
2月6日、トヨタの佐藤恒治社長の退任と近 健太CFOの社長就任のニュースが世界を駆け巡った。
このニュースの反応として容易に想像されるのは、佐藤社長の在任3年という短さに対する理由探しだろう。佐藤社長本人もその会見の中で「友人から届いているSNSの連絡が、みんな『何やったんだ、お前』と届いていて、誤解があるといけないので、しっかりお伝えしますが何もないです。今申し上げているような非常に前向きな議論です」と伝えている通り、スキャンダルを勘繰る人たちをよそに、極めて前向きな話である。

トヨタの中枢部に近い情報によれば、実際、佐藤社長の退任の打診を受けた豊田章男会長は「ちょっと短いな」と漏らしたと言う。おそらくはせめて4年は続けるべきと思っていたのだと思う。
にも関わらず、3年で退任に至ったのは佐藤社長に天命が降ったからだと筆者は思っている。「自分しかできない」あるいは「自分が逃げるわけにはいかない」大きな役目が天から降ってきて、その運命に従うと佐藤社長は腹を括ったわけだ。
論語では「五十にして天命を知る」と言うが、佐藤社長の五十代はまさにそういう星回りだったと思う。豊田章男という不世出の経営者から問答無用で社長のバトンを渡され、その後3年で再び日本の自動車産業の未来を担う役割を渡される。決して楽な道ではないが、冥利に尽きるとも言えるだろう。
さてこの話を理解するためには1月30日掲載の本連載「日本の自動車産業激変の秘策」で解説した「新7つの課題」の記事を再読いただく必要がある。すでにEVシフトの失敗で欧州勢も米国勢も、かなり抜き差しならない状態に落ち込んでおり、反転攻勢に出るのは、当面かなり難しい。同じく中国も過剰生産の製品と過剰生産設備の調整という撤退戦を終えないと前に進めない。
日本は途轍もない逆風の中でマルチパスウェイを堅持したが故に、彼らの失敗の轍を踏まず、すでに先頭に躍り出ている。それに加えて、自工会が掲げた新7つの課題を粛々と進めて行けば、世界の自動車産業に対して圧倒的なアドバンテージを築くことになる。
佐藤社長が自工会会長としてこの新7つの課題を実現するためには、残念ながらトヨタの社長との二足の草鞋は仕事量としてあまりにも難しい。かつて豊田章男トヨタ会長が自工会会長時代に自工会の組織改革をスタートし、豊田氏の後を継いだ片山正則いすゞ会長が「7つの課題」として練り上げた。
改革3代目となる佐藤会長の下に、自工会をグローバルな競争を有利に進めるために個社の壁を超えてスクラムを組む協調戦術のためのベースとして位置付け、仲間と協力して戦うグローバル必勝戦略として昇華された。
トヨタにとってもこの新7つの課題の成否は個社の伸び代を決める重要課題である。故に、トヨタは自社の社長を担う重要人材を、日本の自動車産業全体を押し上げるこのプロジェクトのために供出する覚悟を固めた。

佐藤氏は、昨年10月に自工会の総意として会長に推され、会長に就任している。現在、自工会会員社14社(いすゞ自動車、カワサキモータース、スズキ、SUBARU、ダイハツ工業、トヨタ自動車、日産自動車、日野自動車、本田技研工業、マツダ、三菱自動車工業、三菱ふそうトラック・バス、ヤマハ発動機、UDトラックス)全社の社長または会長が正副会長または理事に就任している。
これはかつて豊田会長が、「会議に参加するメンバーは、最終決定権を持つ社長であること」とし、自工会を産業の舵取りが可能な組織へと全面的に変革させたことによる。つまり14人のトップたちは、自工会の名簿に名前を貸しているわけではなく、リアルに改革実務をこなしている。
このナショナルカンパニーの社長がずらりと居並ぶ強力な組織を牽引していく座長は、彼らの総意で選出された佐藤氏以外に務まらない。この改革を止めず、日本の経済を引き続き自動車産業が牽引していくためにも、佐藤氏はトヨタ自動車の社長の椅子を手放す以外の選択肢がなかったのである。
もうひとつ、佐藤氏は日本経済団体連合会(経団連)の副会長も引き受けている。これはどう言う意味なのか。昨今の自動車を巡る情勢は、個社だけでどうにかなる時代ではなくなった。競争のベースとしての個社があり、協調のベースとしての自工会がある。さらに官民一体での改革を進めていく経団連という三段構えが必要になる。例えばマルチパスウェイの1つとなるEVのための充電インフラを整備するとなれば、政治の力がなければ成立しない。
さて、佐藤氏の双肩には、再び大きな責務がのし掛かることになるが、すでに戦う枠組みはできている。筆者は日本の自動車産業の行方が楽しみでならない。