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更新日:2025.06.06 / 掲載日:2025.06.06
バリューチェーンビジネスでトヨタは次のステージへ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ、トヨタメトロジック
5月に発表したトヨタの2025年3月期決算の話はすでに耳に届いていると思う。全体としては増収減益。主要な数字は以下の通り。
- 連結販売台数:936万2000台(前年比99.1%)
- 営業収益:48兆367億円(前年比106.5%)
- 営業利益:4兆7955億円(前年比89.6%)
- 営業利益率:10.0%(前年比マイナス1.9ポイント)
- 親会社の所有者に帰属する当期利益:4兆7650億円(前年比96.4%)
大手メディアの報道では「減益」の部分がクローズアップされがちだが、営業収益(要するに売上)がしっかり増えていている上に、利益率の10%は10年に1度あるかないかの好成績。減益は単なる数字のマジックである。
決算というのは常に対前年比で見られるのだが、実は前年に自社史上最高利益率の11.9%を記録しているのだ。そんなに毎年毎年記録更新ができるはずもない。なので当該期の決算は落ちて当然の減益。そこで大崩れすることなく10%のラインを維持して見せたということにむしろ圧倒的な凄みを感じる。
と、これは決算の簡単解説なのだが、実は当該期のトヨタの決算では、それ以上にトンデモないことが報告されている。なんと2026年3月期の見通しで、ついに「新車販売の利益を、バリューチェーンの利益が超える」とトヨタは説明した。

バリューチェーンビジネスとは、クルマを販売した後のビジネスのこと。車検や点検、タイヤや油脂類など消耗品、あるいは保険の販売。アフターパーツやドレスアップ。その先には下取り、買取、中古車販売。あるいは昨今話題のSDV系のサブスクなど、顧客に納車された後のクルマが廃車になるまでに歴代のオーナーが費やす様々な出費を全てメーカーのビジネスチャンスとみなして、事業に組み込んでいくことだ。

じつは10年ほど前から、「これからはバリューチェーンが大事」ということは多くのメーカーが口にしてきた。概念としては極めて明瞭なのだが、実務を緻密に積み上げていくのは難しい。
例えば最も儲かると思われる中古車の販売を考えてみよう。ディーラーのセールスパーソンは新車のスペシャリストであり、中古車の相場には決して詳しくはない。給与の査定項目も新車の販売だけだったので、当然中古車の下取り業務にはあまりエネルギーを割かない。次々と出てくる新型車や搭載される新機能を理解して説明するための知識を身につけるだけで手一杯だ。
よく知らない領域でリスクを取りたくないので、下取り価格は渋くなりがち。そこにつけ込んだのが中古車買取ビジネスだ。彼らは中古車のスペシャリストとして、車種だけでなく、グレードや色、装備などによる正確な再販売価格を把握して、精度の高い買取査定を行なってきた。「高く買い取ります」の手品の種というか、大まかなビジネスの構造はそういうことで、それで一気に成長し、成長速度に見合う人材育成が育たなかったことで問題が多数発生し、信用を失墜している。
さて、この中古車査定、自動車メーカーが本気になれば相場データーを見られる端末を用意するのは簡単だ。例えばトヨタは関連会社であるトヨタユーゼックが、全国16箇所にオートオークション会場を展開しており、膨大な相場データが日々入ってくる。今の時代なら検索一発で精度の高い買取査定ができる。

セールス担当の給与査定にこうした中古車売買の利益が加算されるシステムや、下取り車を速やかに商品化する作業。つまりそれは点検や補修、クリーンナップなどを行うシステムも要る。そういう細かい準備は意外に手間取った。
そうした細かい作業を着々と進めてきたトヨタは、ここ数年、1500億円/年のペースでバリューチェーンでの収益を積み上げてきており、2026年3月期見通しでついにそれが2兆円を超え、新車販売の利益を上回るということを発表するに至ったわけだ。
新車販売はどうしても景気に左右される。例えば「今年はボーナスがあまり期待できないから、今回の車検で買い替えを考えていたけれど、あと1回車検を通すか」といった話はよくある話である。しかし、ボーナスが当てにならなくても車検はスキップできない。そして買い替えを引っ張ったご褒美として、補修やドレスアップで少しお金を使うということもありうる。バリューチェーンビジネスの比率を上げることは、景気の変動に左右され難く、全体として企業の経営をより安定化させることに寄与するのである。
ということで、国内はおろか、おそらくは世界中の自動車メーカーの中で一番乗りでバリューチェーンを金のなる木に育てたトヨタは、また一人で次のステージへ進もうとしている。