リアルを喪失した環境政策の未来【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第16回】の記事詳細

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車の最新技術 [2021.07.23 UP]

リアルを喪失した環境政策の未来【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第16回】

文●池田直渡

 2035年にはガソリン車の新車販売を禁止する。

 EUが発表したこのニュースは世界を駆け巡ったが、話はそんなに単純ではない。まずは毎度おなじみの報道のミスリードである。

 この発表は現時点で素案でしかない。諸問題を検討して、関係各所と実現性を調整して、しかるべき手順と手続きを踏んで決まったことと違って、ただの思いつきか、せいぜいが観測気球というところだ。「根回し」が全く出来ていない。根回しと言うと、ネガティブな言葉に聞こえるかも知れないが、それはリアルにプロジェクトを進めるにあたって疎かにできない問題である。

 案の定、欧州の自動車工業会が、欧州委員会の発表前日という前のめりのタイミングで反発の声明を出した。 自動車メーカー各社も概ね同様に反発。実務を真面目に担う人なら反発は当然で、今までちゃんと声にして反対してきたのが、世界中で豊田章男日本自動車工業会会長ただひとりだっただけで、もの作りの現場にいる人が「さいですか」と飲める話では無い。

 これは今、世界を覆い始めているある種の病である。現実を無視して、極端に理念化した発表を突然行い、反論が遅れている内に既成事実化して行く奇襲戦法だ。

 今国内で話題になっている話で言えば、こういう根回しが全くできずに、細かい計画を無視してただひたすら大本営が無理な発表を続ける例はワクチン接種やオリンピックだろう。どちらも全体を貫く方針も詳細な計画ももたないままただひたすら「べき論」だけを主張し、実効性不明な規制を国民に無理強いするばかりで、迷走多くして結局現実が進まない。

 筆者から見ると、脱炭素の話もさして変わらない。いつの間にか、人類のサスティナビリティを目的としたCO2削減というプリンシパルではなく、階層がずっと下のはずの「手段」に過ぎない一律のEV化に話がすり替わっている。

 しかしながら、やられる側も少しは学習する。NO! と声に出さないと、話がどんどん暴走していってしまう。それが形になって表れたのが、欧州自工会の初めての反対表明である。さて、ことここに至って、果たして豊田自工会会長の会見での発言は、巷間言われてきたように、ガラパゴスな主張だったと言えるのかどうか、それはもう一度考えてみるべきなのではないか?

その政策に「リアル」はあるのか

 そこで考えるべき最大の問題は、EV化がやる気次第で本当にできるのか、できないのかだ。仮に、PHVまでも含めた内燃機関を備える全ての車両の販売禁止が規制として本決まりになった時、今世界で一年間に販売されている新車1億台は、順当に考えると1/10くらいになる。2035年までに稼働するバッテリー工場と、そのバッテリー工場の稼働率を支える原材料の増産の可能性を考えればそんなものである。

 よしんば、驚異的速度で工場が建設され、同様に時間が掛かる原材料の調達が誰の想像も上回るくらいに急進し、さらに少しでも生産台数を増やすため、EVへの40KWh以上のバッテリー搭載を全世界で禁じるくらいのドラスティックな手を打ったところで、バッテリーがボトルネックとなって、せいぜいが3倍。つまり新車は3000万台程度しか作れなくなる。これに反論するならば、ニッケル、リチウム、コバルトをどの国からどれだけ産出するのかを数値を添えて説明すべきだろう。ただ出来ると言われても説得力がない。

 1億台から3000万台を引いて、不足した7000万台が何を引き起こすかと言えば、車両価格の暴騰と、猛烈な製品不足、そして自動車メーカーの大規模淘汰に起因する自動車生産国の経済崩壊である。それを防ごうと思ったら7000万台をガソリンエンジンやハイブリッドで補う他はないのだ。

 禁止という手法が招く経済的混乱は、確かに環境問題をある程度解決するだろうが、それは多くの人が描いている着地の仕方と違う。どう考えてもサステイナブルな解決方法ではない。人類の生活のサステイナビリティを無視して良い話だったら、明日から化石燃料を全面採掘禁止にすれば良いだけの簡単な話だ。手っ取り早いという意味ではそれを越える方法はない。

 化石燃料が使えなければ、燃料が止まり発電もほぼ止まる。もちろん多くの国でEVの充電は出来なくなる。

 普通の仕事はもちろん、いわゆるエッセンシャルワーカーである軍も警察も消防も病院も教育機関もほとんど止まるだろうが、圧倒的にCO2は削減できる。

 しかし、人類はもっと贅沢なことを言っている。「ちょっとした我慢程度」で、CO2問題を解決したい。自分の年収が半分になるのもごめんだし、安全で平和に暮らしたい。誰もCO2のために安全や生命や財産を投げ出す覚悟などない。限られた富裕層以外にクルマが買えない社会を望んでいる人はほぼいないだろう。

 だから大変なのだ。EV一極化では、まだ当分の間、世界が必要とするだけのクルマを供給できないという事実から目を背けるべきではない。

 つまるところ、いまの環境問題にはリアリティが決定的に欠如している。紋切り型になるのであまり言いたくないが、政治家にリアリティが欠落しているのが原因だろう。

 昔はそうではなかった。池田勇人内閣の所得倍増計画も、田中角栄の日本列島改造論も、地域経済にバラマキ予算を付けて、開発を進め、不足しているインフラを一気に整備するというリアルを軸に、政治として見栄えの良い国家繁栄のトッピングで飾ったものであり、イデオロギーが中心になるどころか、そこにはむしろ利権をドライブトレーンとした徹底的なリアリズムが最初にあって、その生々しさを消す薬味として、国民全体の経済発展で化粧を整えたものだった。

 しかし、今EV化を進めるドライブトレーンが何かと言えば「やらないとバスに乗り遅れる」という恐怖である。この手の論法は疑って掛かった方が良い。具体的に勝つ方法があるのなら、誰だって利益で誘導する。その確たるプランが無いから、失敗時のことをことさら拡大的に喧伝し、恐怖を軸にするしかなくなるのだ。

 同じやり方で思い出されるのはアジアインフラバンク(AIIB)だ。あの時「バスに乗り遅れるな」と口角泡を飛ばしていた人は今でもAIIBに加盟せよと言っているだろうか?

 繰り返し主張してきたことではあるが、EV化は進めるべきだ。それも重要な選択肢のひとつである。しかしそれを推進するために、セーフティネットも無いままで他の手段を禁じてしまうのは人類への負荷が大きすぎる。正しい競争の結果として進む淘汰は尊重するが、淘汰ではなく、規制で勝敗を決めるのは計画経済であり、取り返しの付かない失敗の最大原因になる。

 あくまでも、マルチソリューションで進め、公正な競争の結果として、マーケットが勝者を決めるべきだ。EVが重要であるのと等価に、ハイブリッドなどの技術も重要であり、合成燃料の技術も重要であり、水素技術も重要だ。正確に言えば重要な技術である可能性が全てにある。政策で選択肢を狭めてよくなる理由はひとつもない。多くの方法を世に問うべしとするのは日本の自工会もEUの自工会も一致した見通しなのだ。

今回のまとめ

・今回のEU発表はあくまで「案」であり、観測気球にすぎない
・EV化だけが脱炭素の手法ではない
・モビリティの将来を決めるのは政府ではなくマーケットであるべき

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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クルマの楽しさを幅広いユーザーに伝えるため、中古車関連記事・最新ニュース・人気車の試乗インプレなど 様々な記事を制作している、中古車に関してのプロ集団です。 みなさんの中古車・新車購入の手助けになれればと考えています。

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