車の歴史[2019.07.26 UP]

名車探訪 SUBARU レオーネ(初代) 理想主義から現実主義へ、レオーネで始まった技術者集団「SUBARU」の第二章

FFを活かした車内の広さや雪道走破性の高さなど、理想を追求するクルマづくりで熱烈なファンが多かったスバル1000/ff-1。しかし本格マイカー時代の到来は自動車メーカーに、より多くのユーザーや海外市場にも対応する多様性を要求していく。とくに若年層へのアピールは重要。そして登場した初代レオーネは、セリカやギャランGTOなど当時人気だったクーペを先行デビューさせ、順次車種を拡大していく戦略をとった。一方FF、縦置き水平対向エンジンというスバルの特徴は4WD化が容易。電力会社の要求をきっかけに世界初の乗用型4WDも誕生した。

この記事の目次

スバル1000からレオーネへ。キャッチフレーズは「野性の響き」
排ガス規制やライバルとの闘い、そして生まれた乗用型4WD
歴代レオーネそしてレガシィ、進化する「フラット4」と「AWD」

スバル1000からレオーネへ。キャッチフレーズは「野性の響き」

イタリア語で「雄ライオン」を意味するレオーネを名乗った新型FFクーペは、野性味溢れるスタイルとスポーティなインテリアを特徴とした。地味すぎると言われたスバル1000からの大変身は、賛否両論があったようだ。

時代に先んじ過ぎた反省から分かりやすい魅力を表現する商品企画へ舵を切ったスバル

 平和で民主的な社会には、あらゆる可能性が満ちている。戦時中は軍部の言いなりのモノ造りしか許されなかったエンジニアたちにとって、戦後の復興期はどれほど楽しかったことだろう。
 中島飛行機のエンジニアとして、戦闘機のエンジンの開発などに携わった百瀬晋六氏も、戦後は腕によりをかけて大衆のための乗り物の開発にいそしんだ。その代表作となったのが、初のベストセラー軽自動車となったスバル360と、海外メーカーにも影響を与えた本格的な前輪駆動乗用車、スバル1000だった。
 ただし、高度な技術を駆使して理想を追求した彼の作品は、時代の先を行き過ぎていた。おかげで1958年に発売したスバル360は古びることなく10年以上造り続ける長寿モデルとなったが、同じ百瀬氏が開発して1966年に発売されたスバル1000は、肝心のユーザーに理解されなかった。
 同じ年に日産サニーとトヨタカローラが誕生し、サラリーマンにも手の届く価格やお値段以上の豪華さを競ったのに対して、クルマとしての本質を追求したスバル1000は、高価なのに色気のないクルマと人々の目には映ったのだ。
 独創的なスバル1000の開発を命じた当時の富士重工の社長は、銀行から送り込まれた人物だった。その不振を受けて、彼はメインバンクが同じ日産と1968年に提携、サニーやチェリーの生産を受託することで食いつなぐ。
 そうした苦労を経て1971年10月に誕生したスバル1000の後継車が、レオーネだった。
 スタイル重視のロングノーズフォルムの採用や、操縦性の追求より整備性を優先したインボードブレーキの廃止など、スバル1000で見られた理想主義から離れたことを、悪しざまに言うファンや評論家もいる。しかし、それは愛するが故の苦言というものだろう。
 彼らの乗用車以前の作品である航空機やバス、鉄道車両などは、プロユースが前提。求められる機能性能を満たす、合理的で理想的な設計が第一義だ。しかし、ようやく到来したマイカーブームに沸く当時の日本人が、かっこよさや経済性などの、より分かりやすい価値を求めたのは当然だ。
 そのために百瀬氏を開発の現場から外したという噂もあるが、それもうがち過ぎだろう。現在のスバルの幹部陣が入社した当時も百瀬氏は第一線で、彼らは日々の業務の中で、百瀬氏から直接指導を受けている。中島飛行機から続く技術者集団のDNAを受け継ぎながら、時代に合った商品力を目指したのがレオーネだったのだ。

初代レオーネ変遷
◯1971年 10月 レオーネクーペ発売。1.4L水平対向エンジンを積み、グレードは4タイプ(DL、GL、GS、GSR)。
◯1972年
2月 4ドアセダン追加。
4月 2ドアセダン、エステートバンおよび1.1Lモデルを追加。ff-1販売終了。
8月 エステートバンに4WD車を追加。
12月 ハードサスペンション、クロスレシオ採用のスポーツグレード「RX」追加。
◯1973年
6月 2ドアハードトップ追加。
10月 マイナーチェンジ(フロントグリル、インパネデザイン変更など)。セダン1100は1200に排気量アップ。
◯1974年
5月 「スバル4WDステーションワゴン」として米国に4WD輸出開始。
◯1975年
1月 4ドアセダンに4WD設定、前輪駆動車で初となるフルオートマチック車追加。
10月 マイナーチェンジ(SEEC-Tと呼ばれる排ガス浄化装置で昭和51年規制に適合。パワーダウンに対応するため1.2L→1.4L、1.4L→1.6Lに排気量アップなど)。
◯1977年
4月 マイナーチェンジ(昭和53年排ガス規制適合、ボディの大型化、内外装のリファインなど)。
10月 輸出専用のピックアップトラック「ブラット」発売。
11月 2ドアハードトップに大型バンパーなどアメリカンスタイルの「グランダム」追加。
◯1978年
4月 マイナーチェンジ(4ドアセダンにもグランダムシリーズを追加、4WDモデルやクーペにも大型バンパーを採用など)。
◯1979年
6月 2代目レオーネに移行。

初期モデルは丸型3連メーター、4本スポークの小径ステアリングを採用。GSRとGSにはルームランプやドアロック警告灯、ウォッシャー液レベル表示灯付きのオーバーヘッドコンソールを装備。

ハイバックシートは後席乗員の開放感を考えた穴あきタイプのヘッドレストが採用されている。フロントシートは17段階のリクライニングと160mmのスライドが可能。

フロントサスはff-1のダブルウィッシュボーン・トーションバーからマクファーソン・ストラット・コイルへシンプル化されている。

エンジンは1300G用のEA62型をベースにボアを拡大、1361ccへ排気量をアップしたEA63型を搭載。

シングルキャブ(80PS)と10.0の高圧縮比+ツインキャブ(93PS)がラインナップされた。

レオーネクーペ発売後しばらく併売されていたスバルff-1 1300G。

・4ドアセダン
写真は1975年に追加された4ドアセダン4WD。同年秋のマイナーチェンジでセダンのDLとスタンダードを除きヘッドランプが4灯式に変更される。

・2ドアセダン
レオーネはセダンもサッシュレスドアを採用。とくに2ドアはクーペにも通じる若々しいシルエット。セダンのフロントグリルはクーペとは別のデザイン。

・ホットバージョン「RX」
GSRの上位、最もホットなスポーツモデルとして追加されたRX。専用のクロスレシオ5MTや4輪ディスクブレーキ、165/70HR13ラジアルタイヤを装備。

・2ドアハードトップ
1973年6月に追加されたハードトップには一足早く4灯式ヘッドランプを導入。黒いソフトガードバンパーも特徴とした。登場時のグレードは3タイプ。

モデル後期に追加されたアメリカンな「グランダム」
GMのポンティアックから名を借りたアメリカンデザインの豪華仕様。ボディ前後に米国市場向けの大型衝撃吸収バンパーを装着。ホワイトで統一されたインテリアも話題になった。エンジンはEA71型の1.6Lで、ハードトップにはツインキャブも設定。シングルキャブにも5速MTが採用された。

SEEC-Tで排ガス規制に対応
厳しくなる排ガス規制をクリアするためスバルも当初は触媒コンバーターの研究を進めていたが、当時の触媒は耐久性、信頼性に弱点があり、触媒を用いない燃焼制御方式の「SEEC-T」採用となった。

排ガス規制やライバルとの闘い、そして生まれた乗用型4WD

価格79万8000円、月販目標200台でスタートしたエステートバン4WDだったが、若干のレジャー用途があったとはいえ、あくまで需要は業務用が中心。しばらくは月販100台程度と苦戦が続いた。スバルは全国で4WD試乗会を開くなど、地道な活動で一般ユーザーにも、その認知度を高めていった。

FFやフラット4というスバルらしさが生んだ新たなる商品企画

 そんなスバルのカラーがいかんなく発揮されたのが、世界初の量産乗用車型4WD車となったレオーネエステートバン4WDだ。
 そもそもこのクルマは、今日のような商品企画というプロセスから生まれたのではない。発端は1968年ごろ、東北電力の送電線保守部門から宮城県のスバルディーラーに持ち込まれた「1年を通じて快適な4WDの現場巡回車ができないか」という相談だった。
 当時、雪深い山中の送電線の保守作業にはジープタイプの4WD車を使っていたが、お世辞にも快適とは言い難く、夏場は稼働率が低くて不経済。しかしスバルのメカニズムなら、うまく4WDが作れるのではないかというのだ。
 たしかに、エンジンを縦置きにして前輪を駆動するスバルのメカニズムは、トランスミッション後端からシャフトを延長できればFR車のように後輪も駆動できる。それを思いついた電力会社のエンジニアだって表彰ものだ。
 その時、たまたまそのディーラーに腕利きのメカニックがいたのも、何かの運命だったのだろう。彼は中古のスバル1000バンをベースに、日産ブルーバードのドライブシャフトやデフを流用した改造4WD車を作りあげた。それを1971年2月の雪道でテストすると、見事な性能を発揮したのだ。
 その改造車はサンプルとして群馬の開発部門に送られた。そこからが技術者集団、スバルの真骨頂だ。ユニークな4WDバンを見た幹部たちは、すぐさま4WD開発チームを立ち上げると同時に、市場調査を進めた。
 結果、そうしたクルマを欲する現場は多く、レジャー用途でも市場性があると判断された1971年夏には、スバル1000の最終モデルに当たる1300Gバンがベースの4WD試作車が4台完成。うち1台が、秋の東京モーターショーの商用車館に展示されたのだ。
 最終的に十数台が作られた1300Gベースの試作車は、最初にオーダーした東北電力を始め、長野県の農協や町役場のほか、自衛隊にも納入されたという。新型車の開発時に作られる試作車は、一台数億円相当とも言われるが、この時の販売価格は破格の84万円。しかし、その赤字分はのちのスバルの財産になる。
 この時に得られたノウハウを活かして、当時開発中だったレオーネに移植された4WDシステムは、1972年9月にはレオーネエステートバン4WDとしてカタログモデルになる。そこから、今日のスバルを決定づける個性であるシンメトリカルAWDシステムへの発展がいよいよ始まるのである。

●主要諸元 レオーネエステートバン4WD(1972年式) ○全長×全幅×全高:4040mm×1500mm×1450mm ○ホイールベース:2455mm ○車両重量:905kg ○乗車定員:5名 ○エンジン(EA63型):水平対向4気筒OHV1361cc ○最高出力:77PS/6400rpm ○最大トルク:10.5kg・m/3600rpm ○最高速度:140km/h ○最小回転半径:5.5m ○燃料タンク容量:32L ○トランスミッション:前進4段、後進1段 ○サスペンション(前/後):マクファーソンストラット式独立/セミトレーリングアーム式独立 ○タイヤ:155SR13 (ブリヂストン全天候ラジアルRD301) ○価格(東京地区):79万8000円

防眩対策がされた2つの丸型メーターを中心にした運転席まわり。

2眼式のメーターは左が速度計、右が燃料計/水温計と各種警告ランプ。

後席はダブルフォールディング格納(一体型)。

ハイバックタイプのシートは4段階のリクライニングと7ポジションのシートスライドができた。シートベルトは2点式。

エステートバンは当初上下分割式のリヤゲートだったが、その後開け閉めのしやすい一体型に変わる。写真はFFのエステートバンで、最大積載量は400kg(4WDは350kg)。

シフトレバーの奥にあるセレクターレバーで2WDと4WDを切り替える。

FFのエステートバンは1.1Lモデルもあったが、4WDバンは1.4Lだけを搭載。

レオーネベースのピックアップ輸出専用モデル「ブラット」

 相次ぐオイルショックで米国にも小型車化の波が押し寄せ、日本車人気が急騰。レオーネもその追い風に乗り「subaru1400」の名で早くから輸出を開始した。そして1977年、レオーネ2ドアセダンをベースに造られた輸出専用の4WDピックアップトラック「ブラット」を発売。1.6LのSEEC-Tエンジンを搭載。シングルキャブだが荷台に2脚のプラスチック製ジャンプシートを装着。ガラスハッチルーフも設定しRVとしても人気を博した。

スバル4WDの始祖「ff-1 1300Gバン4WD」

 宮城スバルが東北電力の要請で試作したエステートバン4WDは、中古のスバル1000バンにff-1用の1.1Lエンジンを積んだクルマがベース。当時、資本提携関係にあった日産ブルーバードのデフとドライブシャフトを流用し4WDに改造している。その後宮城スバルは富士重工(当時)に量産を打診、レオーネエステートバンのルーツとなるff-1 1300Gバン(第一次試作車)は1971年の東京モーターショー商用車館に出展された。

一次試作車でテストが行なわれ、その後7台が増加試作される。東北電力に5台、長野県内の農協と村役場に各1台。その後さらに1台を追加製造、防衛庁(当時)に販売されている。販売価格は84万円だった。

1300GのGにはゴージャスの意味もあり、インパネはクラッシュパッドやウッドステアリングなど簡素なスバル1000とは大違い。

トランスファーレバーで4WDとFFをセレクトするパートタイム方式。

エンジンはEA62型の1.3L。最高速度はFF走行で135km/h(4WD走行時は130km/h)となっていた。

歴代レオーネそしてレガシィ、進化する「フラット4」と「AWD」

世界初の乗用4WDを発売したとはいえ、必ずしも販売は順調とはいえなかった。スバルは車種の拡大や4WD機構の進化で辛抱強くこのメカニズムを育て、やがて歴代レオーネ/レガシィの旗艦となるエステートワゴン4WDが生まれる。

歴代レオーネで貫かれたスバルの独創の技術が新世代商品レガシィを生む

 とはいえ世界初の4WD乗用車という価値は、最初から理解されたわけではない。エステートバンのみだった当初の販売台数は、月販目標の半分程度。しかし、地道な改良や商品企画で、その人気はじわじわと広がっていく。
 1975年に世界初の4WDセダンを投入。1979年に誕生した2代目レオーネでは、セダンとエステートバンに加えて、スイングバックと呼ぶハッチバック車とハードトップにも4WDを設定した。
 当初はレバーで2WDと4WDを切り替えるパートタイム方式だったが、1981年秋には電磁式油圧多板クラッチを使い、オンロードもスムーズに走れる世界初の4WD-AT車を発売。同年には、バンとは異なる上質な内外装を与えた乗用車規格のツーリングワゴンが誕生したことも、スバル4WDの認知度を大きく高めた。
 当時はレジャーブームと言われた時代。豊かになった日本人は休日ともなればキャンプやスキーなどのアウトドアレジャーをクルマで楽しむようになっていた。そうしたニーズに、天候や路面を問わず快適に移動できる乗用車タイプの4WDはピタリとはまったのだ。
 1982年には1.8Lのターボも4WD車に設定され、いよいよ走りの4WD車としてのカラーを鮮明にしていく。初代レオーネでスバルの4WD車が誕生してから10周年となる1982年5月には、レオーネ4WDの累計生産台数が50万台を記録。同年10月にはレオーネシリーズも累計生産台数100万台の大台に乗せた。
 ただし、ここに至るまで基本設計はスバル1000時代がベース。1.6Lまでのエンジンは1000のストロークはそのままに、ボアだけを拡大したもの。結果、超ショートストロークで低速トルクが細く、高回転型で燃費が悪いといった無理が生じていた。
 1・8L化の際に手直しされるも、古い3ベアリングとOHVのまま。3代目レオーネの1984年に、ようやくOHC化されている。生産規模が小さいスバルには、それらの基本骨格を根本から新しくする投資が難しかったのだ。それでも、1986年のクーペに始まるセンターデフ式フルタイム4WDなど、独自技術は歴代のレガシィを通して着実に磨かれていった。
 その集大成として、イチから開発されたのが初代レガシィだ。5ベアリングのDOHCエンジンや新構造のボディなど、技術者集団が蓄積した技術をフルに詰め込んだ”真打ち“は、見事に期待に応えた。3世代のレオーネは、今日のスバルの孵卵器の役割を、しっかりと果たしたのだった。

スバルAWDの進化
○1972年
世界初の量産乗用タイプの4WD「レオーネエステートバン4WD」発売
○1975年
セダンにも4WDを追加
○1979年
新型レオーネ発売。セダンとバンに加え、スイングバック、ハードトップにも4WD(デュアルレンジ)を設定
○1981年
レオーネにツーリングワゴン4WD追加。4WD-ATの導入
○1983年
レオーネ4WD RXがサファリラリーグループAで優勝
○1986年
レオーネにフルタイム4WD(センターデフ)投入
○1987年
レオーネとアルシオーネに電子制御4WD(アクティブスプリット)採用
○1991年
アルシオーネSVXにVTD-4WDを導入
○1994年
4WDからAWDへ名称を変更
○2012年
フォレスターにX-MODE採用

スバル初の4WDはシンクロ付きドライブセレクターと呼ばれるパートタイム方式で、走行中に4WDへの切り替えこそできたが、ハンドルを切るとブレーキがかかるなど、4WD走行はあくまで悪路に限られた。

3速ATのセレクターに4WD切り替え用のプッシュボタンを装着。日本初の4WD-AT車は指先だけで4駆とFFの切り替えができた。4WDを女性にも扱えるイージードライブへと変えたレオーネ。

雪道での走行性能向上を目的に開発されたスバルの4WDだが、次第にスポーツ4WDとしての色合いが濃くなっていった。VTD-AWDは電子制御により前後の駆動配分を45:55とし、旋回性能を向上。4WDスポーツクーペの2代目「アルシオーネSVX」にも採用された。

○2ndレオーネ(1979-1984年)

・ツーリングワゴン

 ホンダ・シビックなどにより人気になったハッチバックモデル、ショートホイールベースの「スイングバック」も設定されたが、初代に比べてボディは大型化され、主力エンジンも1.8Lとなる。1981年にはスバル初のステーションワゴン「ツーリングワゴン」を追加。4WDとワゴンの融合はアウトドアレジャーブームにも乗り、スバルの新たな主力車としてレガシィにも受け継がれていった。
●主要諸元 レオーネツーリングワゴン4WD1.8(1981年式) ○全長×全幅×全高:4275mm×1620mm×1470mm ○ホイールベース:2450mm ○車両重量:1035kg ○乗車定員:5名 ○エンジン(EA81型):水平対向4気筒OHV1781cc ○最高出力:100PS/5600rpm ○最大トルク:15.0kg・m/3600rpm ○10モード燃費:12.0km/L ○最小回転半径:4.8m ○燃料タンク容量:55L ○トランスミッション:前進4段、後進1段 ○サスペンション(前/後):マクファーソンストラット式独立/セミトレーリングアーム式独立 ○タイヤ:175/70SR13 ○価格(東京地区):155万8000円

・スイングバック

○3rdレオーネ(1984-1994年)

・ツーリングワゴン

 さらに大きくなったボディはフラッシュサーフェス化され、空力特性の良さをアピール。エンジンも大幅な改良が加えられ、遅まきながらSOHCを採用。「オールニューレオーネ」を名乗った。GTには車高調整式のエアサスペンションを導入、ターボやフルタイム4WDも追加されて、より一層スポーティ4WD路線を強めている。3代目はインプレッサとレガシィの登場で順次車種を整理、自社生産レオーネとしては最後のモデルとなった。

●主要諸元 レオーネツーリングワゴンGTターボ4WD(1984年式) ○全長×全幅×全高:4410mm×1660mm×1455mm ○ホイールベース:2465mm ○車両重量:1160kg ○乗車定員:5名 ○エンジン(EA82型):水平対向4気筒SOHC1781cc+ターボ ○最高出力:135PS/5600rpm ○最大トルク:20.0kg・m/2800rpm ○10モード燃費:10.2km/L ○最小回転半径:4.8m ○燃料タンク容量:60L ○トランスミッション:ロックアップ機構付き3段AT ○サスペンション(前/後):マクファーソンストラット式独立/セミトレーリングアーム式独立 ○タイヤ:185/70HR13 ○価格(東京地区):222万7000円(ツートーン色)

・セダン

・クーペ

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