heartとカクテル short story　　「プリウスと、未完成のこだわり。」｜車検・点検・修理のグーネットピット

　― 触れられぬほどに、触れてしまいたい。 ―

エンジンルームを開け、電圧をそっと確かめる。
数字は安定していた。問題なし――。
その小さな安心を胸に、heartは作業へと手を伸ばす。

今回の依頼は、全席にKAROマット。

選ばれたのは KRONE ツイードブラック。
その深い色合いは、まるで大人の恋が影を落とすような落ち着きを纏っていた。

運転席のプレート――その取り付け位置を少しだけずらす指定をしてオーダー。

ほんの数ミリ、角度を変えるだけで視線の流れが変わる。
それは策略めいた小技であり、見る者の距離感を操るための所作でもある。


彼はプレートに指を触れながら、ためらいと確信の両方を味わっていた。


恋愛に似ている。距離感ひとつで、すべてが違って見えるから。

さらに今回は、設定の無いラゲッジルームまで型どりして特注の一枚を製作する。

無垢のスペースに自分だけの形を刻む行為は、呼吸の合わせ方を覚えるようなもの。
荷室の曲線に沿って出来上がるツイードの境界線は、まるでふたりの距離に引かれた見えないラインのようだ。

装着が進むたびに、車内の空気が少しずつ変わる。

クロスを滑らせる指先、マットの端を抑える掌の温度。

触れてはいけない場所に触れてしまったような、でも確かに気持ち良い震えが胸に残る。
それは危うく甘く、恋に似た匂いを放っていた。

装着が進むたびに、車内の空気が少しずつ変わる。

クロスを滑らせる指先、マットの端を抑える掌の温度。
触れてはいけない場所に触れてしまったような、でも確かに気持ち良い震えが胸に残る。

それは危うく甘く、恋に似た匂いを放っていた。

完成の瞬間、heartは車内にそっと腰かける。
黒のツイードが足元で静かに呼吸する。
「未完成だからこそ、続きを期待できる」――そんな顔で車は答え、彼は少しだけ笑った。

プリウスは日常へ戻るが、そこにはもう以前とは違う“ささやかな仕掛け”がある。
見る者によってはただの内装かもしれない。だが、知る者にはそれが胸の奥をくすぐる仕草に見えるだろう。



赤くはないけれど、この黒は十分に艶やかだった。

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• プリウスと未完成のこだわり
• 恋愛未満の距離感
• izumiとの距離感
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