heartとカクテル short story　　「デリボーイ、潮風に口づけを。」　　　｜車検・点検・修理のグーネットピット

メーターの針よりも雄弁に、デジタルは告げていた。
――7.18V。
かろうじてナビの画面は映るが、セルを回すだけの余力はもう残っていない。
沈黙したデリボーイを前に、heartは静かに頷いた。

新品のバッテリーを据え付けると、
一瞬のタイムラグのあと、軽やかな鼓動が甦る。
それはまるでレコード盤に針を落とした瞬間の、あの甘美なノイズのようだった。

アクセルを踏み込み、昼の漁港へ。

潮風に包まれるその場所は、heartにひとつの記憶を呼び起こさせる。

――数年前。

同じ漁港の片隅で、彼女は現れた。
黒のベンツのオープンカー。

ドアから伸びた脚には、底が深紅のハイヒール。

差し込む外灯の光に、その赤がやけに艶めいて見えた。

結局、名前も聞けなかった。

ただ、潮騒とヒールの音だけが、今も耳の奥に残っている。

脳裏に焼き付いたワンシーンは、永遠に未完のまま――。

・・・・








そして今。

蘇ったデリボーイは、同じ漁港を滑るように走り抜けていく。
記憶と現実が交錯する午後の海辺。

潮騒のリズムに、デリボーイは静かに寄り添い、
まるで「失われた続きを探す」ように息づいていた。

• heartとカクテル
• デリボーイ再生物語
• 漁港の記憶
• 7ボルトからの復活
• ベンツとハイヒール
• シティポップな邂逅
• 未完の恋と潮風
• R172ベルモット
• SandW