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こんにちは！
山口県宇部市のくるま屋 artical です（アーティカルです）

今回ご紹介するのは・・・

それは——たった1本の電話からはじまった。

夕方、オフィスの窓から差し込むオレンジ色の陽が、ディスプレイされたアルミホイールに斜めの影を落としていた。
疲れの気配が漂うフロアに、澄んだベルの音が響く。

「はい、アーティカルでございます」

落ち着いた声で受話器を取ったのは、秘書課のゆっきーだった。
整った顔立ちに、無駄のない所作、スレンダーな胸部。誰もが一目置く存在だ。

けれどそのとき、彼女の長いつけまつげがほんのわずか揺れた。

「パンクしたみたいなんだけど、今から見てもらえますかね？」

——閉店まで1時間をきっている。普通なら断ってもおかしくない案件だった。
けれど、困っている人を放っておけないのが、ゆっきーという人間だった。

「どちらからですか？ 今から来られます？」



電話を切ると、ゆっきーはすぐさま工場奥へと向かった。

「heartくん、お願いがあるの」

ツナギ姿で片づけをしていたメカニックのheartは、彼女の真剣なまなざしにすぐに気づいた。

「パンクのトラブル。今から来店対応お願いできるかしら？」

ほんの一瞬だけ黙った後、heartはニッと笑った。

「もちろん。ゆっきーが頼むなら断れないよ」

この小さな修理依頼が、二人の信頼をさらに強くつなげるきっかけになるとは、まだ誰も知らなかった。

—

お客様が店に到着すると、heartはすぐにジャッキをかけ、パンクしたタイヤを外して確認を始めた。

「……あー、こりゃダメだな」

タイヤの側面、ビード近くに大きな裂け目。これでは修理は不可能だった。心の中で小さくため息をつきながら、慎重に元の位置へと戻す。

新品を1本手配するしかない。部品の到着には数日かかる。つまり、車はその間、こちらで預かることになる。

そう判断したheartは、伝票を片手に事務所へと足を運んだ。説明役は、いつも通りゆっきーに頼もう——そう思って。

だが、事務所の照明はすでに落とされていた。

椅子は整然と並び、デスクには一切の私物が残されていない。まるで、誰もいなかったかのように、静かだった。

掲示板のホワイトボードには、手書きの文字。

「今日は定時で帰ります。お疲れさまでした 　 ゆっきー」

思わず、ふっと笑ってしまうheart。普段は人のことばかり優先するくせに、今日は珍しく“自分の時間”を守ったらしい。

「……そういうとこ、ちょっと見習おうかな」

心の中でそうつぶやいて、代わりにお客様への説明準備に取りかかる。
誰かの優しさを受け取った人が、次はそれを別の誰かへ返す番。

仕事終わりの空気の中、heartはゆっきーの不在に、少しだけ背筋を伸ばしていた。

数日後——。

午後の柔らかな日差しが、工場のコンクリート床に淡い影を落としていた。

あの日パンクで預かった車の新品タイヤがようやく届き、heartは段取りよく交換作業を終えていた。

「これで完了っと」
工具を片付けながら、心の中でひと息ついた。

ちょうどその時、事務所の扉が開いて、ゆっきーが戻ってきた。
制服姿にタブレットと伝票を抱えて、まるで何事もなかったように。

「ロードスター、仕上がった？」
「うん。今ちょうど終わったとこ」

軽く会釈を交わしながら、heartは思い出す。あの日、ゆっきーが定時で帰ったのは珍しいことだった。
だからこそ、自分で説明も段取りも、全部やりきった。

「お客さん、今日来るって言ってたよね」
「うん、夕方には。あ、そうだ」

ゆっきーはデスクの引き出しを開け、そっと一通のメモをheartに手渡した。
そこには、お客様から預かった言葉が書かれていた。

——「心細かったけど、すぐに対応してくれて安心しました。本当にありがとう」

heartはその紙をしばらく見つめたあと、そっと笑った。
自分のしたことが、誰かの助けになっていた。
それだけで、疲れがふっと消える気がした。

「なに？泣きそう？」とからかうようにゆっきーが言う。
「うるさい。泣かねーよ」

でもその笑顔には、確かに少しだけ、優しさがにじんでいた。