新車試乗レポート
更新日:2025.04.28 / 掲載日:2025.04.28
アルピナB3 GTはクルマ趣味人が最後に辿り着く桃源郷【工藤貴宏】

文●工藤貴宏 写真●澤田和久
それにしても、なんとツウ好みのブランドでしょうか。「アルピナ」のことです。
まず存在からしてツウ好み。BMWのボディを流用しているからパッと見たところBMWと違いませんが、アルピナはれっきとしたドイツの自動車メーカー。製造事業者はBMWではなくアルピナです。その存在からして知る人ぞ知るもの。なんともツウ好みではないでしょうか。
「能ある鷹は爪を隠す」とはまさにアルピナのこと

スタイリングもツウ好み。とてつもない高性能を内に秘めながらも、ベースとなるBMW者との違いといえば小さなリヤスポイラーやフロントバンパー下の空力パーツ、そして大径のアルミホイール&ボディサイドのピンストライプ程度。そこには派手派手しくいかにもな空力付加物はありません。マニアックなクルマ好き以外はまさかこのクルマが最高速度300km/hを超えるようなパフォーマンスのクルマだと気づかないでしょう。その控えめさがいいのです。
エンジンもツウ好み。昨今のモデルに組み込まれるのはかつてのようなカリカリのチューニングエンジンではないけれど、Mが味付けをおこなった特別なもの。たとえば「B3 GT」に収められる排気量3.0Lの直列6気筒ターボエンジンはエンジンブロックをBMWのハイパフォーマンスモデル「M3」や「M4」と共通としたもので529㎰を誇ります。
しかしながら、サーキットなどに持ち込んで限界領域に届かない性能を堪能できないかといえばそうではないのがアルピナの面白いところ。たとえば質の高いボールペンは普通に使うだけでも優れたフィーリングを感じ取れるように、アクセルを深く踏み込んで性能を深く引き出さなくても、その素晴らしさを味わえるのです。2000回転を超えたあたりのジワリと回転が上がる感覚が最高すぎる。そんな慎ましいエンジンもまたツウ好みです。

もちろん、走りもツウ好み。驚異的な性能を持ちながらも、そこにあるのは刺激ではなく心地よさ。高性能を堪能するというよりは、疲れているときに乗ったときにこそ包まれる安心感を得られるクルマといっていいでしょう。なんとツウ好みなのだろうか。
アルピナとは、いろんなクルマを乗り継いでさまざまなクルマの味と、高性能車の刺激を理解したうえでこそ、はじめて良さが理解できる悟りの境地のような存在だと筆者は思っています。玄人以外は受け付けない、というかおそらく乗っても良さをしっかりと理解できないというのも、ツウ好み。クルマを知り尽くした人のための、最後にたどり着くべきクルマといっていいのではないでしょうか。
ゆっくり走っても抜群に心地いい

さて、今回試乗した「B3 GT」はBMW3シリーズをベースに仕立てたモデルで、セダンのほかにステーションワゴンボディもラインナップ。マイナーチェンジを機に、従来のモデルに対してパワーとトルクがアップしているほか、サスペンションもブラッシュアップされました。スタイリングでは、フロントバンパーにカナードが添えられたのが従来モデルからの変更点となっています。
最高出力529㎰に最大トルク730Nm、停止状態から時速100キロまで到達するのに必要な時間はたったの3.4秒で、最高巡航速度(瞬間的に出せる速度ではなく走り続けられる速度)は308km/h。こうして数字を並べてみるだけでもその高性能ぶりが理解できるでしょう。
しかし、初めて乗る人は動き出して駐車場を出るまでの短い間で驚くに違いありまえん。乗り心地が極上だということに。
試乗車は、タイヤの空気圧を高速走行時の指定である360Kpaに調整していました。一般的にこれだけ空気圧を高くするとしなやかさが不足気味となり、乗り心地に悪影響を与えます。しかし実際には乗り心地はきわめて良好。
決して柔らかい足ではないけれど、サスペンションの動きがスムーズでしなやかに車体のフラット感を保ってくれるのが効いているのです。ちなみに電子制御サスペンションには「コンフォート・プラス」というBMWにはないアルピナオリジナルの制御が加わっており、これも快適性向上に効いています。
クオリティ・オブ・カーライフが上昇する上質な仕立てと乗り味

ちなみにインテリアはブルーのメーターパネルのほか、カーボンのパネルや金属のパネルでコックピットにスポーティな演出を実施。また、BMW3シリーズの最新型では小型のスイッチとなったシフトレバーが、アルピナでは従来通りのまま残されているのもこだわりを感じさせます。
いっぽうでシートは肌触りのいいレザーが張られていてラグジュアリーな雰囲気であり、M3やM4のような戦闘的な空間ではないのも特徴と言えるでしょう。
筆者のアルピナに対するもっともお気に入りのポイントは、速く走らなくても良さが理解できること。エンジンは鼓動と響く音色が心地よく、巡航中にアクセルを少し踏み込むだけで、その反応からエンジンの持つ色気が伝わってくる。ドライバーとエンジンが心を通させて対話できる、速度を上げなくても心地よくなれるところがいいのです。
もちろん、アクセルを踏み込めばとてつもなく速く、その領域になると刺激も凄い。でもその性能はあくまでも「余裕」のためのもの。その世界に足を踏み入れないと楽しめない「M3」や「M4」と違い、B3 GTは日常域で色気を堪能できるのが魅力なのです。ツウな大人のための超高性能車といっていいでしょう。



アルピナの現体制はまもなく終了

ところで年間生産台数1700台程度の小さな自動車メーカーであるアルピナは2025年を以って、創業家の手を離れてBMWの傘下になることが決まっていいます。B3 GTは現体制における最後のモデルなのです。
2026年以降のアルピナがBMWの下でどんなクルマ作りをおこなうかは明らかになっていませんが、「M」とは方向の異なるプレミアムなスポーティブランドになると考えるのが自然。そして、その体制になってもいいクルマが作られることも間違いないでしょう。
しかし、オリジナルのアルピナという価値の灯が消えるまでに残された時間が少ないのも、また事実なのです。