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更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.05.28
自動車保険を経済から考える【池田直渡の5分でわかるクルマ経済 第8回】

文●池田直渡
自動車保険の構造をビジネスから考えると、色々見えてくるものがある。具体的などの社のどの商品を勧めるということはここではしない。ただ保険の制度が今どうなっていて、何を理解しておけば、妙な宣伝に乗せられずに済むかだけを説明していく。
自動車保険の自由化は本当に利用者のためのものになったか

食べ放題のお店は、入店したら規定の食事代を払うシステムだ。食べる量は個人差があるので、お店の収益はそこに依存する。言うまでもなく沢山食べられれば負け、小食なら勝ちだ。
例えば、入店時と退店時に体重を量り、規定以上の体重増加があった人は次から来店をお断りする。こうすれば儲かるに決まっている。
じつは自動車保険はだいぶ前からそういうことになっている。「リスク細分型保険」という言葉を聞いたことがあるだろうが、これは要するに「事故を起こしやすい人はお断り」という保険。
理屈としては「頻繁に事故を起こす様な人の費用負担をあなたが負うのは不公平ですよね?」という話だ。しかしこれを突き詰めて考えると、そもそも保険という商品が成立しなくなる。保険と言うのは「個人が負えないほどの負担が生じた時、大勢でリスク分担して個人の財政が破綻するような不幸を防ぎましょう」という商品。
自分が他人のリスクを引き受けたくないなら、他人もあなたのリスクを引き受けたくない。詰まるところ、自分の経済で補償できる人だけが運転しなさいという話になる。
保険という商品は、本来社会性の高い事業で、しかも同時に利益を求める民業であるという2つの側面がある。仮に事故を起こしやすい人を多くの保険会社が追い出して、その人たちが無保険でクルマを運転する様になるとしたら、それは社会全体の幸福と言えるのかという重大な問題を孕んでいる。ちょっと掛け金が安くなるとかそういう目先の利益の話では本来はないはずなのだ。
1996年の日米保険協議最終合意から始まり、金融ビッグバンによって1998年に保険自由化が行われた際に、このシステムがおかしくなり始めた。主にアメリカの保険会社が日本市場に進出するために、保険の自由化を求めた。監督官庁である金融庁はこの流れに対して、極端な利益主義にならない様に防戦に努めたが、それでもやはり保険のバランスはおかしくなった。
加入者が掛け金を支払って得る商品は何かと言えばそれは「補償」である。ところがこの「補償」の質は事故が起こってみるまで中々わからない。事故が起きた時、ちゃんとアジャスターが飛んで来て、事故相手との交渉をしてくれるかどうか、そして発生した損害額を正しく認定して給付してくれるかが問題だ。
ともすればホテル代だの交通費だのというセールストークになるが、それより何より、事故が起きた時あなたの生活が破綻するリスクからちゃんと救ってくれるかどうかの方が大事なのは言うまでもない。
当時の外資系保険には、アジャスターもろくにいなければ、色々と難癖を付けて補償が減額されるケースが散見された。食べ放題で言えば、安さに惹かれて店に入ってみれば、料理がろくに無い状態だ。
しかも、1年間に複数回事故を起こせば、次年度から加入を断られることもある。何より問題なのはそうやって保険加入者の中から優良顧客だけを引き抜いて行けば、社会性の見地からリスクの高い顧客も引き受ける既存の保険会社の経営が厳しくなる。
その結果、等級の上昇などの条件が極めて厳しくなり、保険商品全体として「加入したものの、可能な限り使わない方がユーザーにも得」というケースが増えつつある。車両保険などはもうほとんど意味がない。あるとすればローンの残債が極端に多い最初の1、2年だけだろう。それを過ぎたら車両保険はほぼ役に立たない。支払われる修理費用より、等級下落による支払額増額の方が高くなるからだ。
正しい自動車保険の選び方

さて、ではどうするか。まずは掛け金ばかりを見ないことだ。見るべきは補償の充実、それも付帯的なホテル代だのなんだのではなく、相手に支払われる補償の部分がしっかりしているかどうかが保険の本質的な価値だ。保険は自分の財政破綻を防ぐためのもので、それ以外に色々お得に思えるものは、当然のごとくタダで付いてくるわけではなく、全部料金に入っている。おまけはあってはいけないわけではないが、あくまでもおまけである。費用を気にする人が、可能ならカットすべきはまずおまけである。
自分でそれを見極められる人なら良いだろうが、できなければ、自動車保険業界で働いている知人とかに聞けば色々と教えてくれる。基本に立ち返れば、そういうことを教えてくれるのが保険代理店業なので、ちゃんとした代理店で納得行くまで説明を聞くのが本来の正攻法である。
それでも分からなければ、昔から日本にある保険会社を選ぶのもひとつの方法だろう。ただし、いまや「リスク細分型」はスタンダードになってしまったので、そうじゃない保険はまず選べない。多くの加入者が値段に釣られて保険のシステムバランスがおかしくなった結果が今の状態なのだ。
今回のまとめ
・自動車保険が自由化はメリットだけでなくデメリットも生み出した
・保険の本質は財政破綻を防ぐものであり、付帯サービスはあくまでもおまけ
・いざという時に使えない、使っても損をする自動車保険では意味がない
・自動車保険を選ぶには、代理店などの専門家を通じ、よく内容を理解する必要がある
執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。