車の最新技術
更新日:2026.07.17 / 掲載日:2026.07.17
宇宙が崩壊してもEVを進化させる日産の仕組み【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●ユニット・コンパス、日産
もちろん宇宙が崩壊したらEVどころではない。言うまでもなく大げさだ。しかし、それくらい褒めたくなる仕組みを日産は作った。現状において、EV市場は期待されたほどには拡大せず、各社とも巨額の投資回収に苦しんでいる。開発のペースダウンを余儀なくされつつも、完全に止めるわけにはいかない。もし数年後に市場が再び動き始めたりすれば、このタイミングで開発を止めてしまったメーカーは確実に出遅れるからだ。いま世界中のメーカーが抱えているのは、「過剰投資をしたものの利益が出ないのに、さらに開発を続けなければならない」という極めて厄介なジレンマなのである。

その中で日産は興味深い方法を見出した。答えはe-POWERにある。e-POWERと言えば、各社のハイブリッドシステムの商品名の中で最も耳馴染みがある存在だが、念の為改めて整理しておこう。e-POWERとは、日産が開発したシリーズハイブリッドである。エンジンは発電だけを担当し、タイヤを駆動するのは常にモーターだ。HEVの市場ではトヨタのTHS IIやホンダのe:HEV、スバルのS:HEVのようなシリーズパラレル方式が主流であり、シリーズ方式を採用するのは日産以外ではダイハツくらいという少数派で、かつこれまでコンパクトカー中心に採用されてきた。そのためなんとなくの印象として「廉価版ハイブリッド」と受け止められることも少なくない。
しかし、それは少し短絡的な見方だ。世の中の大抵の技術には一長一短があり、それぞれ得意とする局面が違う適材適所の技術だ。シリーズ方式にはシリーズ方式の強みがある。モーターだけで駆動するためアクセル操作に対するレスポンスはEVそのもの(ややこしいのはホンダのe:HEVも高速以外ではモーター駆動だが)だし、エンジンも発電効率の良い領域を使いやすい。登場以来e-POWERは高速巡航時の効率が弱点とされてきたが、第3世代に至って、メーカー発表値で課題だった高速燃費が15%も改善され、商品として十分な競争力を備えるところまで完成度を高めてきた。少なくとも、いまのe-POWERはもう少し高い評価を受けても良いユニットだと思う。

そして、このシリーズ方式だからこそ実現できたのが、今回最も注目したいその開発スキームである。日産はEV用パワートレインを「3-in-1」、e-POWER用を「5-in-1」として開発している。EV用はモーター、インバーター、減速機を一体化した3-in-1。そこへ発電機と増速機を加えたものがe-POWER用5-in-1になる。つまり両者はまったく別物ではなく、基本構造を共有する「双子」のような存在なのである。

ここからが重要だ。e-POWERは現在も世界で販売台数を積み重ね、利益を生み出している。現在の日産を支える稼ぎ頭と言っても過言ではない。その儲かっているe-POWERを改良するためにモーターやインバーターを開発すれば、その成果はそのままEV用3-in-1にも反映される。逆にEV側で得られた知見もe-POWERへ還元できる。つまり日産は「利益を生むe-POWERを育てることが、そのままEVを育てることになる」という構造を作り上げたのである。他社の様に儲からないEVへの投資という痩せ我慢がいらない。これはシリーズ方式ならではの離れ業。独創的で堅牢な開発スキームだ。もちろんシリーズパラレルハイブリッドでも部品単位ではEVと共用しているケースも少なからずあるが、双子とまで言える形になっているのはe-POWERならではの特徴だ。
これが意味するところは極めて大きい。多くのメーカーではEV開発費はEVで回収するしかない。しかし市場が停滞すれば投資回収は難しくなる。一方の日産は、e-POWERという収益事業がEV開発を支え続ける。EV市場の成長が予想より早まっても対応できるし、逆に遅れても技術開発は止まらない。これは単なる部品共用ではない。将来の市場予測が外れても開発を継続できるレジリエントな開発システムなのである。
余談だが、この開発スキームのメリットは「EVを育て続けられる」ことだけではない。日産は3-in-1と5-in-1の共通化によって、開発費だけでなく製造コストそのものも引き下げようとしている。モーターやインバーターなど主要部品を共用し、生産量をまとめることでスケールメリットを引き出せるからだ。日産は2019年比で電動パワートレインのコストを約30%削減し、将来的には内燃機関車に匹敵するコスト競争力を目指しているという。電動化というと高性能化ばかりに目が向きがちだが、実際の商品開発では「より良いものを、より安く作る」ことも同じくらい重要だ。単純な話、EVが今ひとつブレークしない理由のひとつは価格の高さだ。バッテリー価格の低下が鍵であることは間違いない。しかし、それをただ待つのではなく、それ以外の部分で地道にコストを削り続けることもまたメーカーの仕事なのである。そう考えると、この3-in-1と5-in-1は単なる技術ではなく、開発・生産・収益構造まで一体で設計されたシステムと言った方が実態に近い。

そのe-POWERの現在地を確認する意味でも、新型キックスのe-POWERは興味深い。アクセル操作に対するリニアな応答は依然として魅力的であり、エンジンの存在感もさらに薄くなった。5-in-1の一体化構造によってパワトレ全体の剛性が向上していることが大きい。これにより特に高速道路では従来型より静粛性が明らかに向上している。今回の試乗で印象に残ったのはクルマ全体の出来というより、このパワートレインそのものの成熟度である。開発スキームの優秀さが、机上の理屈ではなく商品力として結実し始めていることが確認できた。
HEV大国の日本ではTHS IIやe:HEVという極めて強力なライバルが存在する。しかし世界全体を見渡せば、e-POWERは十分に電動パワートレインの最先端を走る有力プレーヤーであり、その上に今回紹介した開発スキームまで備えている。筆者はe-POWERそのものよりも、この仕組みの将来性に大きな可能性を感じた。これから先、この戦略がどこまでEVを進化させ続けていくのか、大いに期待して見守りたい。まあ、宇宙が崩壊しなければの話だが。