ラッコ対タント うさぎと亀【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

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更新日:2026.07.10 / 掲載日:2026.07.10

ラッコ対タント うさぎと亀【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●ダイハツ、BYD、池田直渡

 BYDが日本市場向けに投入を予告した軽EV「ラッコ」は、日本の軽自動車市場に久々の大型新人が現れたという意味で注目を集めている。同時にBYDは、自社の先進性を象徴するものとして、ロボットが縦横無尽に動き、人間の姿がほとんど見えない「無人工場」の映像を盛んに発信している。その未来的な映像を見ると、「日本の工場はもう勝てない」、「これからは完全自動化の時代だ」と感じる人がいても不思議ではない。

 もちろん現実には、ハーネスや内装組み付けなど、人が担う工程は現在でも数多く残っている。完全な無人工場はまだ存在しない。しかし、今回筆者が考えたいのはそこではない。そもそもの話、工場が競っているのは、自動化率なのだろうかということである。

2026年中の販売が予告されているBYDの電気軽自動車「ラッコ」

 先日、ダイハツの工場を取材して、その疑問は確信へ変わった。今回見た工場は、一見するとBYDほど派手ではない。件の動画と異なり、様々な工程に人がいる。甚だしきは部品を載せた台車を人が手押ししているケースまである。「なんと遅れた工場だ」そう思うかもしれない。しかし、その思想を逐一聞いていけば、印象は大いに変わっていく。むしろこちらの方が「ものづくりの未来」に近いのではないかと思えたのである。

 市場経済では、生産量を決めるのは企業ではない。企業は広告を打ち、新商品を投入し、値引きも行う。しかし最後に買うかどうかを決めるのは市場である。だから工場が本当に競うべき相手は、生産速度ではない。変化し続ける需要に、どれだけ柔軟に追従できるかである。

 TPS(トヨタ生産方式)の有名な言葉に、「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」がある。これは単なるムダ排除のスローガンではない。市場から届く需要という情報を、できるだけ歪めずに生産へ反映するための思想である。

 例えば電子出版では、一冊売れたら一冊だけ配信すればいい。在庫は存在せず、需要が止まれば供給も止まる。究極の需要追従型生産である。もちろん自動車は物理製品だから、そこまで自由にはなれない。しかしTPSが目指しているのは、物理的な制約を抱えながらも、その理想へ一歩でも近づくことなのである。

 ところが、ここで多くの人が勘違いする。需要に柔軟に対応するなら、自動化を徹底すればよいではないか、と。しかしダイハツが辿り着いた結論は逆だった。

ダイハツ九州大分工場の社屋。第1工場では混流生産により電気自動車を含めた多品種少量生産を実現している

 ダイハツの大分工場は、その思想を象徴するようにふたつの工場を使い分けている。第1工場は混流生産によって多品種少量生産を実現し、稼働率を保ちながらフレキシブルに需要の変動を受け止める。一方で数が見込める車種は第2工場で大量生産を行う。この使い分けによって量を求められるモデルと需要で変動するモデルを適正に作り分けているということだ。

 同社はかつてこの第1工場立ち上げの時、AGVなどを積極的に導入し、自動化を推し進めた時期があった。しかし設備が複雑になるにつれ、ひとつの設備停止がライン全体の停止を招き、その遅れを取り戻すための挽回生産が保全時間を奪い、さらに設備停止を招くという悪循環に陥った。その反省から生まれたのがSSC(Simple Slim Compact)の思想である。工程を徹底してシンプルにし、改善を重ね、その上で本当に必要な部分だけを自働化するという考え方だ。

6軸ロボットを使った車体の組み立て工程。ラインを高密度に構築することで敷地面積あたりの効率を最大化している

 ここで本稿では、トヨタの「自働化」という考え方を参考に、「自動化」と「自働化」を使い分けることにする。「自動化」は単純なオートメーション、ニンベンの付く「自働化」は改善を前提として人と機械が協調する仕組み、という意味である。

 改善には本来ゴールがない。だからTPSが目指すのは、人を工場から追い出すことではなく、人が持つ改善へのクリエイティビティを十全に発揮させることである。

 ここには、人間をどう捉えるかという思想の違いがある。フルオートメーションは、人を機械で置き換える対象と考える。しかしTPSは、人にしか生み出せない価値があることを前提に、その価値を最大限に引き出すために機械を使う。作業は機械に任せても、改善は人が担う。その役割分担こそが、自働化の本質なのである。

ダイハツ九州の生産ラインでは多くの人々が就業している。人間だからこそ、現状に対して改善すべき点を見出すことが可能であり、それがカイゼンの原資となっている

 実際、人は毎日の仕事の中で、「この部品は重いので台の高さが高い方がいい」、「この順番を変えた方が楽だ」、「この姿勢は長時間は無理」といった無数の気付きを積み重ねる。そうした小さな発見が、日々のカイゼンを生み出していく。一方、ロボットは決められた動きを、寸分違わず繰り返すことは得意だが、自ら問題を見つけたり、新しい改善案を思いついたりはしない。つまり工程をフルオートメーション化した瞬間、その工程は進化の袋小路に陥るリスクがあるのだ。だからダイハツは、まず人が工程を作り、人が改善し、その成果を自働化するという順番を崩さない。人を減らすことが目的なのではない。人が次の改善へ向かえるようにすることが目的なのである。

ダイハツがJMS2025で公開したK-VISION。外部給電機能を備えたハイブリッド車で、次世代軽自動車のスタディ

 イソップ寓話の「うさぎと亀」は、速さだけを競えばうさぎが勝つ。しかし市場経済は短距離走ではない。需要は絶えず変化し、競争環境も変わり続ける。その中で最後に競争力を決めるのは、一番速く作れる工場ではなく、一番速く学び、一番柔軟に変われる工場である。

 ラッコとタントの勝負も、単純に「EV対ガソリン車」、「中国対日本」という構図だけでは見えてこないものがある。BYDの無人工場は確かに未来を感じさせる。しかし、それだけで日本のものづくりが時代遅れになったと結論づけるのは早計だ。ダイハツの工場で筆者が見たのは、自動化率を競う工場ではない。人がカイゼンし続けられることを前提に設計された工場だった。そして、その一見地味な思想こそが、日本のものづくりが長年培ってきた、本当の競争力なのではないだろうか。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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