車の最新技術
更新日:2024.11.15 / 掲載日:2024.11.15

トヨタとNTTの協業がめざすもの【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 トヨタとNTTは、10月31日に記者会見を開き、「交通事故ゼロ社会の実現に向けて、モビリティ分野におけるAI・通信の共同取り組みに合意」したことを発表した。

 わかる様なわからない様なニュースである。自動車と通信のジャンルで日本を代表する2社が協業することそのものは不思議でもなんでもないのだが、それで一体何を目指そうと言うのだろうか。

 冒頭のカッコ書きにヒントがある。「事故ゼロ・モビリティ・通信」の3つが指し示すのは、種明かしをすれば自動運転とその周辺である。交通事故死亡者のピークは1970年でその数1万6,765人。様々な取り組みによって、死者数は減ってきたが、最新の値を見ると2020年以降、概ね横ばいであり、2023年にはコロナ禍からの回復で移動機会が増えたこともあるが、68人の増加に転じている。(グラフは政府統計サイトe-Statのダウンロードデータから筆者が作成)

交通事故死亡者の推移。ピークである1970年から比べれば減ってはいるが、目標とする死亡者ゼロにはブレイクスルーが必要

 自動車の安全装備の充実や交通法規と取り締まりの強化など、従来の対策では、これ以上の死者削減には限界が見えてきたとも言える。そこで期待されているのが自動運転である。それも事故に至りそうな緊急時にドライバーに変わって危機を回避するシークレットサービス型のシステムで、トヨタではこれを「ガーディアン」と呼ぶ。

2台の自動運転車がドリフト走行を行う「ガーディアン」の動画。先行車両の動きを後追いの車両が認識し、衝突しないよう制御しながら走行している

 さて、問題はこの自動運転をするシステムを車載に搭載してスタンドアローン型にするか、サーバー側でやるコンソール型にするかである。自動運転で制御するもののうち、ウィンカーやヘッドランプ、ワイパーと言った機能は、1秒以内の遅延であれば大して問題にならない。しかし、アクセル、ブレーキ、ハンドルの操作はそんな精度では話にならない。概ね1/100秒以下に遅延を抑えたい。

 計算の都合だと言われればその通りだが、例えば6000rpmで回っているエンジンは、クランク軸が1秒間に100回転回っており、クランク軸1回転に要する時間は1/100秒になる。4サイクルエンジンは、単気筒なら吸気と着火を制御できるチャンスは2回転に1回、圧縮上死点だけだが、4気筒だとすると720°で4回上死点を迎え、内2回が圧縮上死点なので、最速で0.5/100秒の制御が可能になる。これが頭に入っていると、条件別にいくらでも想像が可能だ。3000rpmなら最速は1/100秒になる。常時6000rpmでエンジンをぶん回し続ける人はそうはいないだろうから、常識的な最小制御機会は1/100秒で訪れると考えられる。

 つまりガーディアンが機能するためには、いついかなる時にも1/100秒で制御ができる必要がある。我々が普段スマホを使っている分にはそうそう通信の途絶を感じることはないのだが、そこに1/100秒の精度を求めた途端次元が変わる。トヨタはS耐でテレメーターシステムを使ってデータを外部からモニターしているが、限られたサーキットの範囲でさえ通信は頻繁に途絶するのだと言う。そのレベルでの通信信頼性は未踏の領域なのだ。

 仮に、現状の通信信頼度だとすれば、車両の制御は全てスタンドアローンでやるしかない。ということは高度な処理能力を持つCPUを車両側に持たなくてはならない。そういうシステムは高価かつ電気を食う。それは自動運転の普及にとってとても都合が悪い。

 それが嫌ならば、通信の信頼性を圧倒的に高め、サーバー側でデータを処理するコンソール型システムを構築するしかない。つまり自動運転が普及するためには、通信の進歩が必須の条件になってくる。

自動運転に必要な高価なセンサーや高性能コンピューターを車両から切り離すことが出来れば、「ガーディアン」の搭載コストは大幅な低減が見込める(画像はトヨタの発表資料)

 しかし、それができたら世界が変わる。通信さえ確保できれば、自動運転のシステムが与える車両のイニシャルコストへの影響は下がり、極論を言えばオンデマンドあるいはサブスクでの自動運転が可能になるかも知れない。

 ハードルは多分高いはずだが、これを制した者が自動運転の時代を制する。そういう重要な戦いが始まったのである。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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