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更新日:2023.07.14 / 掲載日:2023.07.14
電動キックボード議論の整理【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文と写真●池田直渡
7月1日、道公法が改正されて「特定小型原動機付自転車」の運用が正式に始まった。いわゆる電動キックボードを中心とした新しいモビリティだ。規制とこれまでの取り組みについて書き始めるとそれだけで1本になってしまうので、それは別の媒体に書いた記事を参照して欲しい。

さて、世の中の議論を見ると、おおむね「危ない」「必要ない」のオンパレード。実際電動キックボードは確かにそれなりに危ない。危なくないと言うつもりはないのだが、新しいデバイスを安全に使うためにどうすればいいのかという思考を全部放り投げて、危険性だけを声高に叫ぶ様子を見ていると、その異様な保守性にも疑問を感じる。
かつて、ドローンをほぼ完全に潰してしまったことを思い出す。あるいはバイクの「3ない運動」だ。コメントを書いている人たちは本当にそういう頑迷なグループの仲間に入りたいのだろうか?

もちろん筆者は、「無謬的な安全重視などクソ喰らえ。リスクを取ってチャレンジしろ」と言う側にも、無思慮にリスクを軽視しすぎという意味で疑問を持っているのだが、どうもその間の現実的なところの意見が少なく見える。ということを書こうとしているのがこの記事である。
さて、一回冷静に考えてみよう。道公法の改正によって、電動キックボードは、ざっくり言って車道を時速20キロ、歩道を時速6キロで走れることになった。もちろん歩道はどこでも走れるわけではないが、そういう細かいところは警察庁のお知らせからご確認いただきたい。
一応、電気的に時速20キロ以上は出せない構造で、歩道を走る時は専用の緑ランプを点滅させ、その際は最高速が時速6キロに制限される仕組みが義務付けられている。
関係者に聞くと、時速20キロの規定は一般道の速度上限、時速60キロで走るクルマとの混合交通を成立させるためだと言う。実証実験では時速15キロだったが、それを試してみた結果、時速15キロでの車道走行は速度差で危険を感じることが多く、議論の末時速20キロに引き上げられたのだと言う。まあそういう経緯はそれとして、そもそも電動キックボードは社会に何をもたらすのかというところから考えるべきだろうと思う。

今までモビリティのボトムエンドを受け持ってきたのは自転車だ。しかも今やそれは電動アシスト付きにアップデートされて、すでに交通の一部として機能している。とりあえず自転車が危ないという話に入るとそれだけで話が終わってしまう。そこはまた別の議論ということで。
さて、その自転車並みの時速20キロで車道を走ろうとすれば、あの前輪サイズでは流石に危ない。その速度に耐える直進安定性を持たせるには、キャスターアングルだとか、オフセットだとか、ジャイロ効果だとか多くの要素を按配よく仕立てなければならず、そのためにはホイールは大きいほど設計の自由度が高い。
そのためフロントホイールは本当なら20インチ、妥協して16インチ、ギリギリで14インチは必要だし、乗員の重心をある程度支えて固定するためにはサドルも必要だ。急制動で、乗り手の体がハンドルに倒れ掛かると、そのまま前輪軸を中心に前転し、顔から地面に突っ込むことになるからだ。腰が後方に固定されているかどうかは大きな分岐点だ、ただし、そうなると、それはもうキックボードではなく漕がないだけで自転車に限りなく近い。新しいモビリティは、フレームのジオメトリー的に自転車の劣化コピーになってしまう。漕がないことが大事なら、上限時速20キロの法律を満たす電動自転車を作った方がずっと安全だ。そこはもう自転車で足りているのだ。
裏返せば、いわゆるキックボードは構造的にそんなに速度を出す様にできていない。エクストリームスポーツとしてなら、そのなかなか上手く乗れないトリッキーさを楽しむこともありかもしれないが、それは別の話であって100回やったら100回当たり前に思った様に動くことが求められるモビリティの世界の話と混ぜてはいけない。
今社会が必要としているのは自転車がカバーしきれていない、さらに低速域の需要を満たす簡便で確実なモビリティである。公共交通との合わせ技で、ラストワンマイル(最後の1区画)を提供してくれるものがないのだ。例えばこの暑い夏の最中に、ネクタイを締めて客先を訪問しなければならず、しかもそれが駅から1キロ離れていたら、たどり着く頃には汗だくである。そこを徒歩より少し速いくらいの速度でも構わないから、免許もヘルメットも、肘や膝のプロテクターも要らず、思いついた時にさっと利用でき、動力で運んでくれるシェアモビリティがあれば、いままで足りなかった交通のピースにハマる。
なので、むしろ免許とヘルメット無しで使えるモビリティとはどういうものかを考えるべきだと思っている。だとすれば人間が小走りで出せる速度にすれば解決するのではないかと筆者は思うのだ。それが時速6キロなのか10キロなのかはわからないが、歩道をゆっくり歩くお年寄りとすれ違うことを想像したら速度は高くない方が良い様に思う。
そしてそんな低速で安定して真っ直ぐ走るためには2輪では難しい。リヤ2輪の3輪にして、前転を防ぐためにリヤ車軸上にバッテリーを搭載し、その上にちょっとした買い物荷物程度は積んで帰れるくらいのカゴがあれば、多分理想に近い。多分スケボーから発生したスポーツギアとしてのキックボードとはイメージが全く違うのだろうが、日本のモビリティ構造の実情に照らして、欠けているピースがあるとしたらそういうものだと思う。