車の最新技術
更新日:2023.06.02 / 掲載日:2023.06.02

トヨタ、日野、ダイムラートラック、三菱ふそう 大再編時代がやってきた【池田直渡】

文●池田直渡 写真●トヨタ、ダイムラートラック

 「なーんだトラックのニュースか」と思うなかれ。これは長らくニュースを賑わしていた「100年に一度」がいよいよ業界の再編にまで影響を与え始めた大きなニュースなのだ。

 詳細かつ正確に解説しようとすると、とてもわかりにくい話なので、ざっくりと概念的にわかることを狙いにしたい。4社の名前が出てくるが、2つのグループである。

  • ・親会社トヨタと子会社日野
  • ・親会社ダイムラートラックと子会社三菱ふそう

 トヨタとダイムラートラックが提携して、ホールディングカンパニーを作り、その傘下に100%子会社として、日野と三菱ふそうを再編する。2つの子会社は、開発・調達・生産、つまりものづくりの領域では協調を図りつつ、販売の領域ではこれまで通り競争関係を維持する。

 少し構造が違うのは、ダイムラートラックと三菱ふそうは共に商用車メーカーであり、同業同士の親子関係だが、トヨタと日野は、乗用車と商用車。少し距離感に差がある。というあたりは後ほど説明するとして、まずは全体構造の説明を終えてしまおう。

 なんでこんなに大規模な再編に至ったかと言えば、厳しい環境規制のコストを、日野も三菱ふそうも単独では支えきれなくなったからだ。商用車のマーケットは大手のダイムラートラックですら22年の販売実績はグローバルで52万台しかない。日野は不正の影響もあって22年度実績で15万。不正以前に遡っても20万台を超えるくらい。そもそもがグローバル販売台数全体が2600万台程度で、8000万台を超える乗用車の1/3ほどしかない。にも関わらず、ここでも中国の商用車メーカーから凄まじい追い上げを受け、この10年ほどの首位争いは中国系が常連になっているのだ。

 さてその小さなパイを世界中のトラックメーカーが群雄割拠で分け合って均衡してきたのだが、ユーロ7規制がこの勢力図にとどめを刺した。それぞれの領土からあがる年貢ではもう戦費を賄えない。しかも、環境規制対策に巨額の出費を必要とするだけでなく、CASEの対応にもまた莫大な資金を要するのだ。こうした時代を生き残りたければ合従連衡を進める以外に選択肢がない。

 という動乱の時代において、より優良なパートナーの争奪戦が始まるのは当然、後になればなるほど、弱者が生き残りを賭けて右往左往しながらどこかの勢力に収まろうとすることになる。

完全に電動化されたダイムラートラックのeActros 300トラクター

 そこで、西側最大勢力であったダイムラートラックが動いた。ダイムラートラック&三菱ふそうとトヨタ&日野。元々この2つのグループは抱える問題も悩みも極めて似通っていたからだ。聞くところによると、かなり以前から話し合いは行われていたようだ。

 ダイムラートラックは、すでにBEVによる商用車のゼロエミッション化には一定の成果を上げており、三菱ふそうの小型EVトラックeCanterはすでに第2世代がデビューしている。しかし、大型トラックの領域でユーロ7をクリアしようとすれば、現時点でもっとも現実的な選択肢は水素である。その領域でアドバンテージがあるトヨタの水素技術を享受できる日野との提携はダイムラートラックにとって、最も魅力的なパートナーに映ったわけである。

日野のFCトラック。キャビン後方に見える黄色いものが水素タンク

 トヨタ側の悩みはどうかと言えば、トヨタ本体の改革の核になってきたのはTNGAである。スーパーコンピュータを多用した数理モデル解析によって、可能な限り基礎設計を共用化して、車両性能を向上させながら、コストダウンも同時に達成して競争力を高めてきた。その効果によってトヨタは損益分岐台数をかつての60%程度まで低減させた。

 しかしながらトラックやバスと乗用車では、あまりに前提条件が異なり、TNGAのスコープにはどうやっても収まらない。トヨタの画期的な改革手法が日野には適用できない。長らく試行錯誤を続けてきたトヨタだが、少し前から、乗用車と大型トラックの間にシナジー効果を求めるのは無理だという結論に達していた。

 となれば、トラックという共通のプロダクトで、巨額の投資コストを分配できるパートナーが必須になってくる。そこにダイムラートラックからの打診があったことで話が加速した。

 さて、この再編図を見ると、4メーカーはそもそも、乗用車メーカーであるトヨタと、商用車メーカーである3社という構成であることがわかる。となれば、トヨタがダイムラートラックに日野を譲渡し、ダイムラートラックは三菱ふそうと日野を吸収して、新ダイムラートラックとしても良いのではないかと思う人がいるかもしれない。

 しかし少なくとも今世紀に入ってから、自動車メーカーの再編において、そういう親会社が上書きする形での吸収合併ということはあまり起きていない。それぞれの会社には得意とする地域や製品があり、そこに顧客との関係性も生きている。それを委細構わず蹂躙するやり方では、効果が半減してしまうからだ。

 ブランドに価値がない相手との提携や合併はそもそも意味がない。設備と人を増やしたいだけなら、面倒ごとを含む企業丸ごとの買収は効率が悪く、技術ノウハウや顧客との信頼関係などの企業が持つソフトウェア的価値が要らないなら、設備と人だけ手配すれば済む話である。

 そうした背景から、今では、それぞれのブランドを尊重する形で提携が進むのが一般的であり、その結果現在では、提携したブランドそれぞれが補完し合う形で、規模の経済を目指していく戦略が主流なのである。

 それに加えて、水素という大きな次世代技術が付いてくる。ということで今回の提携、一見極めてわかりにくいのだが、かなり論理的な提携である。現実的な事業展開のすり合わせはこれからだが、その成り行きを注意深く見守って行きたいと思う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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