車のニュース
更新日:2026.03.27 / 掲載日:2026.03.27
池田直渡が見たインド【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文と写真●池田直渡
16日から23日までインドに取材に行ってきた。今やインドは自動車産業の新天地であり、その成長真っ最中のインドを自分の目で見てみたかったからである。
主にスズキを取材した詳細な話は今後書いて行くとして、今回は概略としてインドの今がどういうものなのかを説明していきたいと思う。最も大きいのは、社会全体に満ちている「今日より明日は良くなる」という確信だ。

筆者が社会に出たのは1987年。当時の新卒の社会認識は今の日本人とはだいぶ違う。例え、新卒時の給料が安かったとしても、来年は、月給が1万円上がる。誰もがそう常識的に考えていた。
例えばローンを組んでクルマが買いたい新卒であれば、今年一年の支払いさえ頑張れるのであれば、来年は毎月の支払いが1万円下がるのと同じ。実は本当のところそんなに簡単ではなく、2年目以降は前年年収ベースで住民税が課税されるので、その分手取りが下がるわけで、見通しそのものはだいぶ甘いのだけれど、そこは若さの勢い。ざっくり考えて清水の舞台から飛び降りるエネルギーがある。
社会全体がなんとなく「今日より明日は良くなる」意識になれば、消費は伸び、結局景気が良くなって、給料が上がる。「支払いはだんだん楽になる」という認識で買われるのはクルマだけではない。住宅だって、日々の消費だって、技能などに対する自己投資にだって気楽に踏み切れる。とりあえず今年一年さえ凌げれば、来年以降は楽になる。収入だけの話ではない。仕事の質そのものだって、それに応じて上がって行く。その楽観性はそれはそのまま社会の活力になり、経済発展の原動力になって行くのだ。
反対に、給料が増えない、あるいはインフレで今の生活が維持できないというビジョンが社会に満ちれば、生活は実情以上に防衛的になり、未来への備えとして、貯蓄に走る。それは収入面でも仕事の面でも固定化そのものだからだ。今の収入、今の仕事が一生続くというビジョンの中で、自ら夢を描いて、それを自力で乗り越えて行くマインドを持つにはある種の才能が求められる。

戦後の世界経済史をざっくりと見渡せば、1950年代の米国は、郊外型住宅開発をきっかけに自動車や、テレビ、家電の需要が爆発して黄金期を築いた。1970年代からは、日本の躍進が始まる。先進各国で猛威を振るった労働争議に端を発する製品の品質低下を契機に輸出を増やし、後のバブル景気へと駆け上がって行く。1990年代になると、欧州の逆襲が始まる。ベルリンの壁崩壊の利得として、旧東側各国の廉価な労働力と廉価な地価を背景に繁栄した。2000年代以降、今度は中国が1978年からずっと仕込んできた改革開放経済がようやく花開き、自国の安価な労働力と、先進国からの経済・技術投資のコンボで大いに経済発展した。
どれを見ても、きっかけそのものは別として、「今日より明日は良くなる」という楽観的な見通しによって、内需が大躍進したことで経済は発展していた。
しかし、今はどうか? アメリカはコロナ禍からのサプライチェーン混乱をめぐる需給の歪みを原因とするインフレで、欧州はグリーン政策の失敗による債務で、そして中国は皮肉なことに「計画経済の非計画性」によって生産設備の過剰に陥り、「今日より明日は良くなる」ビジョンが持てなくなっている。日本の空気は読者もご存知の通り。
という中で、インドは今や先行各国が失った「今日より明日は良くなる」認識の中で生きている。例えば、現在二輪・四輪の恩恵に預かっているのは14億人のインド国民の内、4億人に過ぎない。次の10億人が「今日より明日は良くなる」ことを信じたら、どういう未来になるのか。
インドで見てきたのはまさにその大きな分岐路の姿である。富は常に持っている側が強いという非対称性の性質がある。単純な話、経済力のある人はより安い金利で金が借りられるが、経済力がない人は信用力がないから高い金利でしか金が借りられない。

インドは、その非対称性をどうするかがまさに今問われている。失敗の先例は中国である。中国は4億人の富裕層と10億人の貧民の経済格差を固定してしまったが故に、豊かな内需が見込めない。内国での4億人の富裕層の消費だけを当てにして、14億人が生産活動を行えば、どうしたって過剰生産になり、海外に向けてダンピング輸出を行うしかなくなる。そうやって自国の産業を滅ぼしかねない極端に安価な中国製品が津波のように押し寄せれば、受け入れ先各国は、関税を中心とした輸入規制を行って、自国産業を守るしかなくなる。
インドが同じ轍を踏まないためには、次の10億人に、仕事を与え、適切な分配によって彼らを豊かな中産階級に仕立てていかれるかどうかが大きな分岐点になるのだ。実はスズキはそれをとても上手くやっている。これから先、世界の資本がインドマーケットに進出しようとする。しかしその時、自分優先の搾取構造を取れば、中国の二の舞になってインドの未来は暗いものになるだろう。だからインドに進出するならば、分配を優先し、インド国民と共に豊かになる感覚が極めて重要になる。
過去、世界でおこなってきたODA(政府開発援助)などでも、日本は現地の人々に授産する手法を取ってきた。それを進出する各企業が同じように持てるかどうか、そしてインド政府がその違いを認識できるかどうかが今問われているのである。