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更新日:2025.11.21 / 掲載日:2025.11.21

日本経済の重要課題【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ、デンソー

 失われた30年という言葉がだいぶ独り歩きをしている。それらは「日本オワコン」の様に夢も希望もない話に繋げられがちだが、本当にそうだろうか。

 2010年代を通して、世界は米中の2大スーパーパワーが覇権を争った時代だったが、中国はバブルの崩壊で、米国はUSMCAの手のひら返しで大きく信用を失墜した。

 いまポスト2大国時代を考えるに、日本はその地位を相対的に上げている。それと言うのも「失われた30年」と言われつつ、日本はその間に経済崩壊することなく地道に、そして愚直にやるべきことをやり、新たな評価を築いてきたからだと思う。

 例えば半導体だ。一度は壊滅に近い状態に陥りながらも、米国からの信頼を背景に日本の半導体産業は、世界中の誰もが予想しなかった復活を遂げつつある。そして何よりも自動車産業である。熱狂的なEVシフト時代を、冷静に乗り切り、いま日本の自動車産業は再び世界の支持を獲得している。

 では、日本経済に問題はないのかと言われれば、課題はある。それは伸び悩む人件費である。日本が経済大国となったのは、かつて「1億総中流」と呼ばれた豊かな中間層のおかげだ。豊かな中間層は内需の強靭さを生む。中国があれだけの経済発展をして、結局は「中進国の罠」を抜け出せなかったのは、急速な経済発展期に所得の配分に失敗したからだ。

「厚生労働省2024(令和6年)国民生活基礎調査の概況」より。全世帯の平均所得が1980年代からほとんど成長していないことがわかる

 4億人の富裕層と10億人の貧困層。それはつまり4億人の消費者に対して、10億人の労働層がぶら下がる体制を意味する。そんなことをすれば供給力が需要を上回り、溢れた製品はダンピングするしかなくなる。しかも国内で行き場をなくした商品は海外で叩き売りされて、世界の経済システムに迷惑を撒き散らすことになる。典型的な例を挙げれば、中国製EVのダンピングによって大きく勢いを削がれたテスラのケースである。

 さて、かくして経済の発展のためには、所得の配分が果たす役割は大きく、かつての日本はその再配分についての優等生であり、それが経済大国日本の原動力となった。しかしいま、その重要な中間層が徐々に蝕まれている。富裕層-中間層-貧困層の3層構造から、中間層が貧困層に転落するケースが増えている。

 という意味で、我が国はもう一度、所得配分について大局的な見地から、システムの再検討をすべき時が来ている。だから筆者は外国人労働者の誘致には原則的に反対である。経営者の一部は「若い人はキツい仕事を嫌がるから」と言うが、経済原則に照らせばそれは十分な対価が支払われていないからだ。昨今、身の回りで外国人労働者が多い職種と言えば、経験則的にはコンビニ店員だが、それは仕事の大変さに対して、賃金が安すぎるからで、賃金が硬直していることが問題である。

 極論かも知れないが、コンビニの時給が1万円なら人はいくらでも集まるだろう。つまり「いくら貰ってもやらない」わけではなく、「安すぎてやっていられない」のだ。もちろん1万円はものの例えだが、需給を見ながら適正な賃金にしていくのは当然だし、コンビニの本部はそうなる様に店舗との利益配分を考えるべき。もちろん消費者としての我々もより高い商品価格を受け入れるべきである。それが回り回って自分の賃金を上げることになるし、引いては我が国の経済力を底上げするのだ。

日本を代表する企業として、賃金引き上げについても業界をリードしてきたトヨタ。近年では、自社だけでなく関連企業や取り引き先についても、賃上げできる環境を整備している

 という中で、やはり率先して戦略的にそこに臨んできたのはトヨタである。衝撃的な数字だがトヨタ自動車の社員の2025年3月期の平均給与は983万円である。一方、国税庁の「令和5年分民間給与実態統計調査」によると、日本の給与所得者1人あたりの平均年収は460万円。国税庁の調査には正社員以外の雇用も含まれているとは言え、その差は2倍以上。

 長らく、日本のトップカンパニーとして国民の給与所得の向上をリードしてきた結果、世間の水準とトヨタの水準が大きく乖離することになってしまった。トヨタの責任としては給与を増やして国民所得を増やすべきだが、一方で給与所得の乖離をこれ以上拡大すれば、社会から敵視されることも十分に考えられる状態になった。

 そこでトヨタは、サプライヤーを含む取引先の年収向上に向けて取り組んだ。トヨタのベースアップは、取引先の指標にされることが多く、「トヨタが1万5000円だから」という様に、そこが自動的にシーリング(予算請求の限度)になってしまう。そこでトヨタは2018年にベースアップを、2020年に賃上げ率の具体的数値発表を取りやめた。

 もちろんこのほかにも原材料費や光熱費の値上がり相場を見て、支払額を自動で増額するシステムなど、取引先の困りごとを解決する多くの制度をスタートさせた。

トヨタグループのデンソーは、2025年の昇給について月額23500円、賞与は255万円とデンソー労働組合の要求に満額回答した(写真はデンソーミュージアム)

 その結果、2018年から2021の間にトヨタのベースアップと賃上げ率を平均で上回った取引先が80社に達した。これはつまり、給与査定システムをある意味ハックして、サプライヤー各社が遠慮して上昇率を抑えていた構造をひっくり返したのである。

 ネットを検索すれば記事がいくらでも出てくるが、いまだにそれを理解していない大手マスコミは、ベースアップや賃上げ率を独自に調査して大見出しで得意気に報道するが、そういう報道が日本の賃金向上の妨げになっている。

 高市政権になって、いままで動かなかった政策が矢継ぎ早に実行に移されていることは大変心強いのだが、日本経済の重大なポイントである労働対価の適正化にも是非とも取り組んで欲しいものである。できれば最低賃金の引き上げの様なすでに効果が限定的であることが分かりきっている政策ではなく、賃上げと法人税の優遇のセットなど、新しい動きが期待できる方向でお願いしたい。日本の経済にとって、賃金上昇は大きなキーとなる重要な課題である。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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