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更新日:2023.02.03 / 掲載日:2023.02.02
ルノー・日産アライアンスのゆくえ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●日産
1月31日ルノーと日産のアライアンスについて、大きな見直しが発表された。
1999年に、倒産寸前まで財務状況が悪化した日産を救済したルノーは、以後、資本によって日産に対して支配的ポジションを維持してきたが、今回それがフラット化され、両社の上下関係が同等になったことがポイントである。
これまでの状況を、もう少し詳しく見てみよう。まずは出資比率である。ルノーの日産への出資比率は43.4%(当初は36.8%)、逆に日産のルノーへの出資比率は15%。途中でルノーからの出資比率が増えていることからも分かる様に、提携期間中を通して、ルノーは日産に対する支配力強めてきた。
元々大きな出資比率差があった上に、フランスの会社法によって、日産側の保有する15%には議決権がない。これは支配的関係にある株式の持ち合いに際して、多数側が40%以上の株式を保有する場合に適用される特例があったからだ。つまりルノーによって43.4%を保有されている日産の持ち株15%には、議決権が与えられない。先に述べた36.8%から43.4%への増資は、常識的に考えて、この特例を睨んでの増資と考えられる。
加えて2014年にフランスでフロランジュ法が制定された。これは多面的な法律だが、本件に関する部分だけに絞ると、短期的な統治を狙った一時的な株式取得による権利を制限する法律である。例えば、不意打ちで株式を大量取得する手法によって、議決権を奪い、乗っ取り的な経営への介入を防止する制度。具体的には2年以上継続的に保持している株主に対して2倍の議決権を認める法律である。
要するに、フランス国内において、日産はルノーにほぼ何も口出しができなかったわけである。協業的な提携面ではともかく、議決権を要する意思決定の側面においては、15%の資本参加の意味はほぼ無い。「モノ言う株主」ならぬ、「モノ言えぬ株主」だった。
では、日本ではどうか? 日本の会社法にもまた「相互保有株式の議決権制限」が規定されている。そもそも自社保有株には議決権がなく、議決は総発行株式から自社保有株を引いた残りを有効として行われる。これが大前提である。
ここでちょっと「もしも」のケースを想定してみる。もし、日産がルノーの株式の1/4以上を保有していた場合、ルノーは大株主である日産によって支配され、日産は議決に際して、ルノーを言いなりに投票させる可能性が高い。こうなると、実質的にはルノーの所有する日産株は、日産の自社株なので、他の株主の議決権に実質的な自社株で対立できる構造になってしまう。株主総会に対して取締役会が優越する可能性が発生して、企業統治の構造が破壊される。だから、相互に1/4以上の持ち株がある場合、互いの株の議決権を行使できなくするルールがあるのだ。
現実のルノー・日産のケースに当てはめれば、仮に日産がルノーの株式を10%買い増して、25%に引き上げれば、相互保有の議決権制限の条件を満たし、日本国内においてルノーの議決権を無効化できることになる。実際に日産が増資することはなかったが、これを持ち出して条件の改善を求めていたのも事実である。

つまり、長年、ルノーは日産に対して、明らかに優越的な状態にあったが、日産側はキレたら相互に相手に対する議決権をゼロにして、全部を台無しにできる切り札を持っていた。そうなれば相互に投資している金は、統治の面では全く機能しない死に金になってしまう。元国営会社であるルノーの背後には大株主としてフランス政府がいるので、一歩間違えれば、日仏政府間の経済戦争にもなりかねない火種だったことになる。
あちこちで言われている通り100年に一度の大改革を迫られている状況下で、合意形成に重大な懸念を持ったまま進めるかといえばそれは難しい。今求められているのは、もっと局地的な最適化を積み重ねることである。最も典型的なBEVのバッテリーで言えば、全世界どこでも最強というサプライヤーは存在しない。なぜならば今世界はブロック化の方向に動いており、アメリカ政府はアメリカのサプライヤーにとって有利なルールを作る。それはまた欧州でも中国でも同じで、そういう地域ごとの細かいアライアンスを丁寧に構築していかないと、先に進めない。
ルノーと日産が互いに束縛し合う関係で、かつそれぞれ得意とする地域が異なる状況は問題が多い。2021年実績で見るとルノーはグローバルで170万台を販売しているが、その内10万台以上を販売しているマーケットはフランス、ドイツ、ロシア、ブラジルで、僅差でインドが10万台を下回っている。つまりビジネスのほとんどは欧州に偏っている。
一方で日産は同じく2021年のグローバル実績で388万台。多い順に並べて、中国で138万台、米国で89万台、日本で43 万台、欧州で34万台となる。中米日欧でバッテリーを手当てしなくてはならない日産と、場合によっては欧州だけで済むルノーでは事情が大きく違う。ルノーのブラジルは? という疑問があるかも知れないが、彼の地のカーボンニュートラルは、未来はともかく当面はバイオエタノールである。
という具合に、昨今の自動車メーカーに求められる変化に対し、四半世紀近く前に結ばれたアライアンスは実質的に機能しなくなってきており、むしろ相互に自由度を増して、それぞれの状況に応じた小さいアライアンスを積み重ねて行った方が現実的だという解釈になったのだと筆者は思っている。
その結果、ルノーと日産は、相互の株式保有数をイーブンの15%保持に改め、15%ずつの議決権を持つという極めて基本的な形に調整した。ルノーは、差分の28.4%をフランスの信託会社に譲渡し、ルノーの議決権を中立化した上で、配当と売却益はルノーにもたらされる。日産のリリースによれば、「ルノー・グループにとって商業的に合理的である場合、委託された日産株式を、調整された秩序だったプロセスで売却するよう受託者に指示」するとあるので、短期に一気に売却されることはなさそうだが、おそらくは、今後ルノーにとって必要となる様々なアライアンスの原資調達のために徐々に売却され、最終的にはその多くは市中流通すると思われる。あるいは日産にその余力があれば、株式の希薄化防止のために自社購入する場合があるかもしれない。
さて、最も見えないのはルノーの子会社であるEV専業のアンペアの取り組みである。日産もこれに出資することになっているが、従来のルノーのEVとは要するに日産製であり、相互に独立性を高めた後、日産がそれにコミットする義務は無くなる。ではルノー単独で開発を回せるかと言えばそこはかなり怪しいのが現状である。
憶測でしか書けないが、今回ルノーが、直接的なメリットが多く無いにも関わらず保有株式を15%まで下げ、日産に対して譲歩した条件として、アンペアへの貢献が何らかの形で義務付けられているのかも知れない。
さて、細かいところまでは色々わからない今回の組み直しだが、いずれにせよ、日産にとっては自由度が増すという意味でメリットが大きい。再建に向けて、歩みを進めている日産にとって、目の上のたんこぶがだいぶ小さくなったと言えるだろう。