車種別・最新情報
更新日:2022.11.18 / 掲載日:2022.11.18

新型プリウス 産みの苦しみ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 11月16日。トヨタ自動車は自社のクラウン、カローラと並ぶ看板商品の1台、プリウスをフルモデルチェンジしてワールドプレミアを行った。

 初代が登場した1997年「21世紀に間に合いました」のキャッチコピーで登場したプリウスが、25年を経て、第5世代に切り替わったことになる。歴代プリウスはフルモデルチェンジの度に、新世代ハイブリッドシステムの頭出しを担って来たが、今回の第5世代はすでにノアに搭載済の第5世代ハイブリッドシステムを搭載することになった。

 プリウスという名前を聞いて、誰もが思い浮かべるのは、ハイブリッドである。かつて、プリウスとはハイブリッドであり、ハイブリッドはプリウスだった。それは現在で言えば、FCEVとMIRAIの関係と同じである。

 ところが、今やトヨタのラインナップを見ると、グレード展開にハイブリッドを持たないクルマが珍しいほどになってきた。86やスープラと言った、スポーツ性に特化して、重量増加を許容できない車種と、ランクル系とハイラックスの様に渡河性能を求められる車種、コストアップを許容できない商用車と軽自動車を除けば、ほとんどの車種でハイブリッドグレードが用意されている。

 ラインナップを眺めて、残っているのはパッソとルーミーくらいだ。これもやがてライズ同様のシリーズハイブリッドが用意されるだろう。数え方にもよるのだが、すでに約8割の車種でハイブリッドグレードが用意されていることになる。

 例えばあるレストランで、低糖質米を売り物にした「低糖質ランチ」がヒットしたとする。その成功を受けて、ほとんど全ての定食が低糖質米に切り替わって行ったら、かつてのヒット商品であった低糖質ランチは、何を売りにして行ったらいいのだろう。

 プリウスの変遷を見ると、初代から3代目までは、燃費のチャンピオンであることで価値が保証されていた。ところが3代目プリウスが登場した2年後、2011年にアクアが登場したことで、話はややこしくなった。セグメントが1つ下で、車両重量が軽いアクアは、同じ世代の技術を積めば、当然プリウスより燃費が良くなる(登場時は1世代前の技術でデビュー)。そんなことはトヨタは百も承知だったはずだが、脱炭素を考え、ハイブリッドを普及させるためには、安価なハイブリッドの市場投入は必要欠くべからざる戦略である。

 例えプリウスが燃費のチャンピオンから陥落したとしても、アクアは必要だった。そもそも自社でやらなければ、他社にやられるのは目に見えているので、他に選択肢は存在しなかったとも言える。

 さて、それを受けて、2015年にデビューした現行の4代目プリウスはどうなったのかと言えば、それまで走りの様々な質を犠牲にして、燃費に特化していたプリウスの「失われていた部分」を補う戦術に出た。ステータスを「燃費全振り」にした結果、加減速やブレーキ、ハンドリングに至るまで、クルマとしての基本性能のあちこちにあった綻びを直した第4世代は「普通のクルマと遜色ない走りなのに、飛び抜けた燃費の良さ」があることで製品として成立していた。

 以来7年の時を経て、全車種の8割にハイブリッドグレードが設定され、走行性能的にもその多くがTNGA世代に突入して底上げされた中で、もはや「プリウスの価値はハイブリッドであること」では通用しない。もはやハイブリッドであることは当たり前という中で、プリウスの価値を再構築しなければならなくなった。

 「いや、もっと燃費を上げれば良いのでは?」という意見もあるだろうが、考えてもみて欲しい。一ヶ月に1万円のガソリン代が半分の5000円になるメリットは大きい。しかし5000円が2500円になっても、うれしさは中くらい。2500円が1250円になるのはもうどっちでも良い。燃費を突き詰めて行くほど製造コストは加速度的に上がって行くので、車両価格の上昇と見合いで考えれば、すでにWLTCでリッター30.8キロまで高めた燃費をさらに向上させても、コスパが悪くなるだけだ。

 さて、そこで5代目プリウスをどうすべきかという話になると、むしろ自由度が高すぎて困る。極論ハイブリッド以外にこれというユーザー層の規定もない。

 とは言うものの、トヨタのラインナップ全体から受ける縛り、要するにどこに空き地があるのかは意外にキツい。プリウスの立ち位置としてCセグメントのセダンという縛りがあり、ファミリーカーの主流がBセグへ移り、セダンよりSUVがウケる時代という逆風の中で、プリウスにどういう魅力を持たせるかは極めて難しい。

 開発陣が選択したのは。「愛せるクルマ」というクルマの最も基本的な価値への原点回帰である。豊田章男社長は、常々「クルマをコモディティにさせない」と主張しており、「世の中に様々な工業製品があるが〝愛車〟という言葉で〝愛〟を付けて呼ばれるのはクルマだけだ」と言い続けてきた。プリウスの開発陣はそれをプリウスの中心価値に据えようと考えた。

 具体的にどうすべきか、クルマの原点は「走りとスタイル」であると定義し、それを磨き上げた。同じCセグの競合にはカローラセダンがいる。Cセグセダンのど真ん中であり、しかもそこからSUVに振った売れ筋側にはカローラクロスが控えている。共食いを避けるためには、スポーティーな側に振るしかない。となれば、少なくともカローラセダンより、走りとスタイルで上回らなくてはならないのは当然の帰結である。

 面白いのはプリウスを開発したのはカローラシリーズも担当する上田泰史チーフエンジニアだという点である。カローラとカローラクロスがどういうクルマかを最もよく知っている人が、その競合となるプリウスの開発を指揮した。

 壇上に現れた新型プリウスを見ると、そのスタイルは従来のセダンにおける後席スペースとスタイルのバランスポイントを、スタイル側に振っていることがわかる。Bセグより大きく、価格も高いCセグセダンという立ち位置上、Bセグ並みにリヤシートが狭いことが許されない中で、明らかにカローラとは違うポイントを探し出してきたと思われる。

 具体的にはロングホイールベースを活かして、シートバックを倒し、それとバランスを取る様にシート座面の前上がり角を強めている。実際に座ってみたが、空間的には昔ながらのCセグメントであり、特別広々とはしていないが、狭苦しいというほどでもない。

 つまり、実用性最優先なら空間が豊かなカローラセダン、もう少しパーソナルで、カッコ良いを求めるならスタイルにリソースを振ったプリウスという布陣である。要するにプリウスはこれからスポーツ性で売る方向になるのだ。

 走行性能はどうか? パワートレインは1.8と2.0の2本立てで、特に2.0を搭載するPHVモデルは0-100km/h加速が6.7秒。まあそこまで速くなくても良いのだろうが、新型プリウスの方向性を端的に表す部分と考えられる。トヨタの発表でも、その走りに対しては大きな自信がうかがえる。

 もちろんその真価は乗ってみるまでわからないが、現行カローラに与えられている高い走行性能を考えると、おそらくプリウスの走行性能は相当な次元に達しているはずである。かなりスポーツカーに近い領域まで達しているのかも知れない。そのくらいまで行かなければカローラを凌駕できないからである。

そして燃費は、先代同等。走りを光らせるために、新型パワートレインのリソースを走行性能に振り分けて、燃費は先代並みを維持する形になったという所だろう。

 さて、新型プリウス、試乗会が楽しみである。

この記事の画像を見る

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ