モータースポーツ
更新日:2024.11.01 / 掲載日:2024.11.01

韓国で開催されたヒョンデとトヨタのジョイントイベントの意味【池田直渡】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 10月27日。韓国のエバーランドスピードウェイで「Hyundai N ×TOYOTA GAZOO Racing FESTIVAL」が開催された。果たしてこのイベントの狙いはいったい何なのかを解き明かしていこう。

 2024年の年初にヒョンデのチョン・ウィソン会長がトヨタの豊田章男会長と会談をしたことが全てのスタートだったと言う。トヨタは世界保健機関による緊急事態宣言が終了した2023年から、アジアの各地で「GRフェスティバル」を開催してきた。2023年8月にフィリピン、2023年12月にタイ、2024年6月に中国。そして2024年10月に今回の韓国と続いている。

 今回は、地元韓国の雄、ヒョンデとのジョイントイベントとして開催されたという意味で、少し趣きが異なっている。ひとつには11月21日から24日まで日本で開催されるWRCラリージャパンのプロモーションの意味もあるのだが、もちろんそれだけではない。

 これまで、アジア各国で、GRブランドによるモータースポーツイベントを開催してきたことを見れば、トヨタは明らかにアジアでモータースポーツを軸にしたプロモーションを進めている。これは重要なポイントである。

 1998年からラリーへの挑戦を始めたヒョンデは、2019年にトップカテゴリーでマニファクチャラーズチャンピオンを獲得すると、翌2020年にも連続制覇を遂げた。

 今やWRCの強豪チームへと駆け上がったヒョンデとトヨタのジョイントイベントなので、イベント全体にラリー色が強いものとなった。

「Hyundai N x TOYOTA GAZOO Racing FESTIVAL」は、日本のトヨタと韓国のヒョンデが肩を並べる歴史的なイベントとなった

 豊田章男会長――というよりは競技車両のハンドルを握る際には、モリゾウ選手と呼ぶべきだろうが、レーシングスーツに身を固めたモリゾウ選手は、「ヤリスWRC」の助手席にヒョンデのチョン・ウィソン会長乗せデモラン走行で恒例のド派手なドリフトを披露した。

 グローバルな自動車生産台数でトップのトヨタと、傘下のキアを合わせて3位のヒョンデの国を超えたジョイントは、業界内の誰もが予想しなかったこと。どこで聞いても「歴史的事件」との評価である。

 すでにWRCで好敵手関係にある両社だが、今後ヒョンデの上級ブランドであるジェネシスがWECへの参戦表明を発表しており、対決の構図はさらなる広がりを見せる。競技の場ではもちろん真剣勝負だが、アジアのモータースポーツを盛り上げるという点で意気投合した両社は、歴史の1ページを共に作り上げた。

 WRCでの活躍で、明らかに欧州でのブランド価値を上げたヒョンデではあるが、韓国国内ではまだまだモータースポーツの人気は十分とは言えない。チューニングカーのカルチャーも含め、韓国ではスポーツ系の自動車文化は残念ながらまだ未成熟。今ヒョンデに必要なのは好敵手の存在だ。あらゆるスポーツにおいて嫌が応でも盛り上がる「日韓対決」の構図は、多くの人の興味を盛り立てるだろう。WRCへの挑戦を国内販売に繋げていくためにはトヨタとのコラボはプラスに働く公算が強い。

 トヨタの側にしてもそうだ。ヒョンデの好敵手は強くなければならない。弱小な相手を倒してもそこにドラマは生まれないからだ。ヒョンデにとっても韓国の自動車ファンにとっても、トヨタが価値ある好敵手である必然性がある。それはつまり、アジアにおいてトヨタのシェアが極端に低い韓国での日韓対決の構図は、ライバルとしてのトヨタのブランドイメージを押し上げる意味が大きい。

 思い起こせば、日本のモータースポーツ黎明期において、そうしたライバルの存在は大きな意味があった。1964年の第2回日本グランプリで、純レーシングカーのポルシェ904を抜いて喝采を浴びたスカイラインGTの伝説の様に、60年経っても名勝負として語り継がれるコンテンツになる可能性があるのだ。たぶん1000回くらいはコンテンツ化されているのではないだろうか。

スポーツの世界ではビッグコンテンツとなっている日韓戦の構図をモータースポーツでも取り入れることで盛り上がりを狙う

 さらに言えば、今トヨタが60年をかけて育んできたASEANマーケットに中国製BEVが価格攻勢をかけている。日本の金城湯池であったアジアのマーケットが、目に見えて侵食されつつある。対抗しようにも、価格で中国製BEVには勝てないし、仮に勝ったとしても果てしない消耗戦で、勝者が存在しない戦いになる。トヨタが勝つためには、高付加価値でクルマを販売で防戦しなければならない。

 すでにモータースポーツで戦果を上げているヒョンデを擁する韓国は別として、中国系のメーカーにはそうした自動車文化はまだ全く存在しない。トヨタにとってのASEANでの戦いのポイントは「憧れられる自動車文化」の輸出である。かつて日本が欧州のモータースポーツを通して、欧州ブランドに畏敬の念を受けたように、戦略的に考えれば、日本の自動車文化はアジアの憧れの対象になっていくべきだ。トヨタがアジア各国でGRフェスティバルを開催する意味はそこにあるし、韓国だけ少し取り組みが変わるのは、韓国にはすでに自動車文化の萌芽があるからである。おそらく今後もアジアの諸地域で、GRフェスティバルは継続されていくだろうし、やがてそれらの国々から、トヨタに挑戦する国産ブランドが立ち上がってくるはずだ。彼らに胸を貸し、共にモータースポーツの振興を図っていくことはトヨタ自身にとっても重要な戦略と言えるだろう。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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