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更新日:2026.08.28 / 掲載日:2026.08.28
e SKYは「RACCOに勝つため」のクルマではない【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●スズキ、ユニット・コンパス
世の中はとかく何でも対決で見たがる。ましてや同じ軽自動車規格のEVが相次いで登場すれば、スズキ「e SKY」とBYD「RACCO」のどちらが勝つのか、という話になるのは目に見えている。価格はどうだ、航続距離はどうだ、販売台数はどちらが上だ、と比較する。
もちろん商品を選ぶユーザーにとって比較は必要だ。しかしメーカーの戦略を考える時に、目の前の一戦の勝敗だけを見ていたのでは、いささか野次馬根性が過ぎるのではないかと筆者は思う。
そもそも軽EV市場がいつ、どのくらいの規模まで成長するのか、現時点では誰にも分からない。厳然たる事実として「未来は未定」。それは変えられない事実だ。これは軽に限った話ではない。

であるにも関わらず、世界の自動車メーカーはこの数年、「EV市場は必ず急成長する」という前提で巨額の投資を進めてきた。人智を越えようとしたわけだ。しかしそんな人の傲慢に事実は合わせてくれない。需要は当初の期待ほどには伸びず、結果として投資回収に苦しむメーカーが相次いでいる。
自動車産業は巨大な設備産業。言い換えれば巨額な先行投資事業だ。一度巨大な専用工場を作り、大量の電池を確保し、EVの販売増を前提に事業計画を組んでしまえば簡単には戻れない。片道切符を握ってしまうのである。
しかもEVは、筆者が以前から繰り返し書いてきた通り、電池価格の影響が極めて大きい。その電池供給網では中国勢が圧倒的に強く、完成車メーカーはコストの支配権を握りにくい。そのため十分な利益を確保することが難しい。それは構造的な問題なのだ。
加えて既存の自動車メーカーが一斉に参加し、新規参入組も多いので、競争は熾烈だ。立ち上がったばかりのEV市場では、1車種あたりの販売台数がどうしても少なくなる。開発費をリクープしようにも売上は減り、さらにバッテリー価格の影響で、1台当たりの利益率まで下がる。メーカーにとってはダブルパンチになりかねない。
だからEV戦略で本当に重要なのは、「今年EVを何台売るか」ではない。EVが十分な利益を生むマーケットに育つまで、何の商いで戦線を支えるのかが極めて重要である。だからEVの戦いが熾烈であればあるほど、皮肉なことにコンベンショナルなクルマで高い利益を上げ、それをしっかり売り続けられるか。その兵站能力がEV戦争の持久力を決める。
その点で現在のスズキは猛烈に強い。
まずインドがある。スズキ最大の市場であり、今なお成長余地が大きい。砂に水を撒くようにクルマが売れる。さらにアフリカでは、半導体危機をきっかけにインドからの輸出を伸ばし、南アフリカでシェアを大きく拡大。これを受けて長らく先送りになっていたアフリカ戦略を本格的に起動し、豊田通商と販売網の整備も進めている。
そして、おそらくは誰にとっても意外なのが日本だ。少子高齢化が進む日本の自動車市場を成長市場と呼ぶのは普通なら無理がある。内外の自動車メーカーはシュリンクするマーケットをどう維持するかで戦々恐々としている。しかしスズキに限って見れば、全く状況が異なるのだ。

実はスズキの販売の中身が変わっている。2025年度の国内登録車販売は16万8376台、前年比126.6%で過去最高。一方で軽自動車は55万6632台、前年比95.2%だった。それでも国内販売全体では前年を上回っている。つまりスズキの中では、軽から登録車へと販売構成が上方へシフトしているのだ。
さらに面白いのは、その国内登録車戦略とインド戦略が実は密接に繋がっていることだ。
スズキは、すでにフロンクスやジムニーノマドなど、インドで生産する商品を日本にも持ち込んでいる。2025年にスズキが海外生産拠点から日本へ持ち込んだ車両は4万3266台で、前年の7倍を超えた。インドという巨大市場で規模を稼ぎ、その生産基盤を使って日本でも登録車を売る。日印間の生産コストの違いも含めれば、実に効率のいい仕組みである。インドで稼ぎ、日本でもインドを使って稼ぐ。こういう強い既存事業があれば、EVに起死回生の一発を託す必要などない。
だからe SKYは、初代から社運を賭けて絶対に勝たなければならない商品ではない。EV市場が本格的に立ち上がるまで、じっくり腰を据えて戦えばいい。ただし、それはe SKYが間に合わせの商品で構わないという意味ではもちろんない。EV市場にはEV市場で熾烈な競争がある。そこへ参戦する以上、スズキらしい良いクルマでなければ出す意味がない。

その意味でe SKYのスペックは興味深い。プロトタイプの発表値を見れば、電池容量26kWh、車重1030kg、一充電航続距離310km、交流電力量消費率97Wh/km。一方、ほぼ同じ300km級の航続距離を持つRACCO 300系は35.84kWhの電池を積み、車重は1220kg以上、航続距離320km、電費は124Wh/kmである。
単純な勝ち負けの話をするつもりはない。ただ、約27%少ない電池で航続距離差を10kmに収めていることは、スズキの技術思想を見る上で重要だ。
スズキは「小・少・軽・短・美」を掲げ、電動化でも「バッテリーリーン」を唱えている。必要以上に大きな電池を積まない。電池が小さければ車体は軽くなる。軽くなれば電費が良くなり、さらに大容量電池を必要としなくなる。もちろん軽さが原因の全てというわけではない。システムの効率や空力など基本は全部押さえてなければこれだけの電費は出ないだろう。しかしバッテリーリーン構想なら、資源使用量も減る。電池はEVで最も高価な部品のひとつだから、普通に考えればコストにも効く。e SKYの価格はまだ発表されていないので安価になると断言することはできないが、少なくとも思想の方向は明確だ。

かつて故・鈴木修元会長は「軽は貧乏人のクルマだ」と発言して物議を醸した。表現だけを切り取れば乱暴だが、スズキという会社が長年守ってきた商品哲学を象徴する言葉でもある。高価でも高性能なら仕方がない、ではスズキの商売は成立しない。必要な性能を見極め、余計なものを削り、ユーザーが買える価格に落とす。EVだから高くても仕方がないという理屈に甘えないためにも、小さな電池で必要十分な性能を成立させる技術には意味がある。

重要なのは、初代e SKYがRACCOに勝つかどうかではない。EVが本当に大きなビジネスになるのが5年後なのか10年後なのか、それともさらに先なのかは誰にも分からない。しかし今のスズキの体制であれば、勝負の時が次世代e SKYの時代でも構わないのである。その日までインド、日本、アフリカなど既存事業でしっかり利益を稼ぎ、過剰な投資で体力を消耗せず、それでも電動化技術は一歩ずつ確実に積み重ねていく。必要になった時にいつでも勝負できる状態を保つ。それこそ長期戦を戦う戦略だ。
クルマは肩に力を入れて作れば必ず売れるものでもない。絶対に勝たなければならないという要求を盛り込み過ぎた力作より、作り手に一定の余裕がある中で、やるべきことを素直にやったクルマが長く愛されることもある。マツダ・ロードスターなどは、その好例だと筆者は思う。
目先の一戦で力ずくの勝利を狙うより、長いレースをどう走り切るかを考える。今すぐEVで勝負を決めようとしないことこそ、現在のスズキの強さなのである。