新車試乗レポート
更新日:2022.03.16 / 掲載日:2022.01.28
【試乗レポート ホンダ S660】壁を乗り越えてでも手に入れる価値は間違いなくある

文と写真●大音安弘
もうすぐホンダのマイクロスポーツカー「S660」の歴史に幕が下りようとしている。既に2021年3月の生産終了を告げるアナウンスの後、購入者が殺到し、2022年3月末までの生産枠が瞬く間に完売。その要望の大きさから、ホンダは最大限の生産を行えるように、再調整を行い、2021年12月に仕様を限定し、650台の追加販売を実施したが、これまた即売状態となった。中古車人気も高まり、相場は絶賛高値安定中だが、走行距離が少ないものや生産の少ない後期型などは、新車価格を上回るものゴロゴロ。その中でも別格的存在なのが、最後の特別仕様車となる「モデューロX バージョンZ」だ。
最後の特別仕様車「モデューロX バージョンZ」

この「バージョンZ」の名は、同じくホンダのマイクロスポーツであった「ビート」に設定された最後の特別仕様車に由来する。最後を締めくくる存在として、専用特別色「ソニックグレー・パール」の設定に加え、エクステリアではエンブレムやスポイラーなどのパーツの一部をブラック化したアクセントが特徴。さらにインテリアでは、カーボン調加飾が加えられ、専用シートセンターバックなどが装備されていた。基本的な仕様は、2020年にマイナーチェンジした後期型モデューロXに準ずるものだ。
まずは簡単にモデューロXについて説明したい。モデューロXは、ホンダの純正用品やカスタマイズパーツを提供するホンダアクセスが開発した純正コンプリートカーだ。トヨタのGRや日産のNISMOをイメージしてもらうと分かり易いだろう。ただモデューロXは、それらと比べると、モータースポーツ色は薄く、操縦性やデザインだけでなく、見て、触れて、乗って感じる上質さにも拘っている。なので、ステップワゴンやフリードなど、ホンダの主力車種を中心に揃えられ、スポーツモデルは、「S660」のみ。しかし、走りへの追求は、まさにホンダらしさに溢れたもの。開発時の目標は、「小さなGT3を創る」とし、軽自動車の枠を意識せず、モデルの持つポテンシャルを最大限引き出す開発が行われ、北海道にあるホンダのテストコース「鷹栖プルービンググラウンド」を徹底的に走り込んでいる。つまり、2度の開発を行ったS660といえるわけだ。









ホンダアクセスの用品には、走行性能の向上を図ったカスタムパーツも用意されているが、モデューロXは、それらの開発の知見を全て取り入れ、その上を目指した究極のS660といえる。このため、同等ものがパーツとして供給されているものもあるが、専用開発の部品も少なくない。エクステリアでは、専用デザインのフロントフェイスキットやリヤのアクティブスポイラーにはリップを追加し、空力特性をチューニング。サスペンションも、カスタムパーツでは、減衰力が固定なのに対して、モデューロX用は、5段階調整式となるなどの差がある。インテリアのボルドーを基調としたカラーコーディネートは、モデューロXの専用。ブラックを基調とした標準車と比べると華やかだ。シフトノブは、タイプR伝統のチタン製のものを装着するなど、オーナーの心を擽る演出もしっかりと含まれている。
最大の魅力は大幅に高められた高速安定性

エンジンは、全モデル共通で、その名にも取り入れられた660㏄の3気筒DOHCターボエンジンを搭載し、最高出力64ps/6000rpm、最大トルク104/2600rpmを発揮。スポーツカーながら、燃料はレギュラー。燃費消費率も、MTで20.6km(WLTC)とお財布にも優しい。少し実用面にも触れておこう。ミッドシップという構造、積載性は皆無に近い。ただフロント部にあるロールトップ格納用ボックスは、トートバックやデイパックくらいなら収まる。もちろん、一人乗りと割り切れば、買い物や旅行の荷物を助手席に押し込むことも可能だ。因みに車内がタイトなので、直ぐに冷暖房は利くし、α以上のグレードは、シートヒーターも完備だ。
無粋ではあるが、価格も分析してみた。モデューロXのベースとなる「α」グレードの価格は、232.1万円。モデューロXが304.26万円で、さらにバージョンZでは315.04万円もする。その価格差は、7、80万円と安くはない。何しろ1.3倍もの価格差があるのだから。しかし、その価値は間違いなくある。同等品ばかりではないが、ホンダアクセスのパーツ用品代を足していくと、外観上のパーツの合算だけで、70万円を超える。このように数字上のお得さは簡単に机上で立証することが出来るが、最も重要なのは、その価値を体感できるかだろう。この点に関しても、しっかりと太鼓判を押せる。走りの面でも、モデューロXはベース車と大きく異なるからだ。
最大の魅力は、大幅に高められた高速安定性にある。標準車の場合、100km/h前後で高速道路を走行している際、やや後部がリフトする感覚や強い横風によるふらつきの発生がある。ミッドシップで軽量なS660故の弱点といえるが、同時にロングドライブで疲れを感じる要因にもなっている。ところが、エアロを強化したモデューロXでは、その感覚が全く消え去り、100km/hを越えても安定しているので、120km/h区間の高速道路でも問題なし。疲れにくさという面では、モデューロチューンの足回りの恩恵も大きい。路面のショックを綺麗にいなしてくれる、まさに上質な乗り味なのだ。もちろん、ワインディングとなれば、その軽快な身のこなしが快感となる。エンジンの吹け上がりも良く、使い切るパワーなので、MTのシフトワークも楽しめる。最も重要なのが、その身軽さや使い切れるパワーという走る歓びが、日常の移動でも楽しめることだ。しかも、クルマからのインフォメーションもしっかりあるので、法定速度内でも十分にスポーツできる。その体感を高めてくれるエッセンスとなるのが、風。ロールトップのオープンは一人で簡単に着脱可能なので、気の向くままにオープンにできる。四季の移ろいを肌で感じながら、心を軽くして走る、そんな歓びを与えてくれるS660モデューロXは、究極のライトウェイトスポーツではないだろうか。
プレミア価格となってしまったが、どうにか手に入れたい魅力を持つ

結果的に仕事の都合により1週間で1,000km弱を走破することになるのだが、苦痛は全くなし。何よりも楽しい日々であった。じっくり付き合うことで、モデューロXの価値が十分に理解できた。しかし、残念なことに、手に入る中古のS660は、特にモデューロXにもなれば、とても買いとはいえないプレミア価格にある。しかも悩んでいる人に、今が最後のチャンスなんて言えないレベルだ。身の丈スポーツである軽が、このような状況に見舞われるのは、ちょっと複雑な気持ちになる。だからこそ、軽で300万円もするS660モデューロXを買うという決断した人は、相当な目利きと尊敬したい。そして、いつまでも愛車を大切にして、その走りを楽しんで欲しいと思う。もちろん、ベースのS660も愉しさ満点だ。こちらだけでも相場が落ち着いてくれればと願わずにはいられない。そうなれば、自分好みに一台にS660を仕上げていくのも面白いだろう。
ホンダ S660 モデューロX バージョンZ(6速MT)
■全長×全幅×全高:3395×1475×1180mm
■ホイールベース:2285mm
■車両重量:830kg
■エンジン:直3DOHCターボ
■総排気量:658cc
■最高出力:64ps/6000rpm
■最大トルク:10.6kgm/2600rpm
■サスペンション前後:ストラット
■ブレーキ前後:ディスク
■タイヤ前・後:165/55R15・195/45R16
■新車価格:315万400円(モデューロX バージョンZ ※販売終了)