車のニュース
更新日:2025.02.02 / 掲載日:2025.01.31
トランプ時代の米国自動車マーケット【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●The White House、トヨタ
1月20日、米国大統領に再びドナルド・トランプ氏が就任した。おかげで筆者はあちこちから「米国の自動車マーケットはいったいどうなるの?」と聞かれまくっている。
まあ色々と過激な発言の多い人なので、何が起こるのだろうと戦々恐々とする気持ちはわかる。大統領選挙前からトランプ氏は「反EV」と聞こえる主張を繰り返してきた。報道によってトリミングされた映像を見ていると、確かに印象としてはそうなのだが、果たしてトランプ大統領の主張は、本当に反EVなのだろうか?
このあたり筆者自身も常に反EV呼ばわりされるので少し丁寧に扱いたい。文書として残っているトランプ大統領の発言を具体的に見ると「EVの義務化を中止し、高コストで負担の大きい規制を削減する」、「政府が課す不適切な市場のゆがみを排除する」と主張していて、殊更にEVを敵視、あるいは排除しようとする発言には見えない。

トランプ氏の主張を分析すれば、バイデン政権下でのEV政策を、「消費者の真の選択による市場の自然なニーズを歪める政策だった」と受け止めており。それは同時に「過剰なEV優遇・誘導政策」でマーケットの自然な成長を歪めるとともに、EVマーケットの実力以上の成長誘導に要する過剰な政策コストを引き下げるということである。
本来マーケットは消費者の選択によるべきである。にも関わらず、バイデン政権時代の政策は、ICEの禁止予告と、EVに対する補助金誘導で不自然なマーケットの形成を意図しており、しかもそれが成功していない。想定していたほど、米国製のEVは売れていないし、欧州など先例を見ても、補助金を打ち切るとマーケットが大幅に後退している。
変化の立ち上がりを補助金で支えればあとは自立成長に向かうのならばともかく、状況的に永遠に補助金の支えがないと成立しない流れが濃厚であり、高コスト過ぎてサステナビリティの面からも困難な政策になっている。
つまりトランプ大統領の中では「反EV政策」のつもりは毛頭なく、結果を出せない割にコスト高なEV優遇の過剰を是正して本来のマーケットメカニズム中心の政策に引き戻そうとしているということである。そしてそれは自由経済の原則に則った市場原理が軸になっていると言う意味で、まったく奇矯な政策ではなく、むしろ徹底した自由経済志向である。
裏返せばバイデン政権でのEV優遇策は、机上で考えた理想に向けて政策を立案・実行するという意味で「計画経済的政策」であり、共産主義的な政策であったとも言える。
問題はこれまで世界中の自動車メーカーが、この計画経済的政策への追随を要求され、多くの投資を進めてきてしまったことにある。現時点で、いきなり本来の市場経済への回帰を求められても、すでに確定してしまった投資を回収できない点であり、トランプ政権が外資を含む米国の自動車産業に対して、2階から降りるための梯子を上手に掛けてやれるかという点にある。
計画経済的な政策については、一党独裁の共産主義である中国が圧倒的に有利だ。推進派と反対派の意見調整が不要で、独断で政策が実現できる。かつ、コンプライアンスを恣意的に運用できる体制でもあることから、各種アセスメント問題を簡単に無視できる分、投資を含む方針決定決断のペースも早く、大胆な補助金による国ぐるみのダンピングも容易になる。

こうした点について、トランプ政権で国務長官に指名されたマルコ・ルビオ氏は、国務長官指名の承認を巡る公聴会(NHKニュースより)で、「われわれは中国共産党を国際秩序の中に迎え入れた。彼らはあらゆる利益を享受しながら、義務や責任はすべて無視した。それどころか、うそをつき、ハッキングし、ごまかし、盗みを働きながら、世界の超大国の地位を手に入れた」と強い言葉で批判した。
トランプ政権下の米国は、自由主義経済への回帰と、自由主義のルールを守らないプレイヤーの排除を強く志向している。程度の問題こそあれ、EUも同じである。JETOROのレポートによれば、「欧州委のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、2023年9月の一般教書演説で、中国で製造されているBEVの輸入は、中国の国家補助金により、市場を歪めているとして、反補助金調査の実施を発表。欧州委は、同年10月4日、中国製BEVに対する反補助金調査を開始」した。「調査の結果、2024年7月4日には、中国のBEVバリューチェーンは、国家補助により不公正に競争市場を歪めており、EUメーカーに経済的損失を与える恐れがあると判断し、中国製BEVに対し暫定的な相殺関税措置を発動すると発表した」。
つまり、一度理想主義的政策によって推進されてきたEV優遇政策は、思ったほど成果を挙げられない上に、ルールを逸脱した中国製EVに大幅に利するものになっており、こうしたルールを守ろうとしない「ならず者」を排除しない限り、健全な自由経済に回帰できない状況になっている。米欧ともに政策レベルでそう判断しているということである。
さて、話は米国に戻る。米国の問題は、国の機関である環境保護庁(EPA)の規制と、カリフォルニア州大気資源委員会(CARB)が定めるゼロエミッションビークル(ZEV)規制を批准する17州が掲げる“規制の二重化”が起きていることだろう。自動車メーカーは2つのルールに合致する車両をそれぞれ作らなければならない。それはリソース的にもコスト的にも大きな負荷となる。
第一次政権下のトランプ大統領(当時)は、2019年に、国の定めるEPA規制を超える州独自の厳格化を打ち出すCARBの規制を差し止め、EPA基準に従うよう求めた。ところが2021年にバイデン大統領(当時)がこの差し止めを撤回。再度CARB規制による二重ルールが復活した。
第二次トランプ政権では、当然かつての方針通り二重ルールの解消を進めると見られる。当時と世相も変わり、厳しい規制を定めたところで実現できないことがほぼ確定している中、今回こそ最終決着をつけなければならないだろう。
さて、こうした混沌の中で、日本の自動車メーカーは当初からマルチパスウェイを標榜し「市場原理に則ったマーケットが求めるクルマを作る」という方針を貫いてきた。トランプ大統領の掲げる大方針とはそこが一致している。問題は中国排除のための輸入課税の流れ弾を喰らうかどうかにある。ただし、日本のメーカーの多くは米国に生産拠点を持っており、米国製として非課税扱いになるだろう。

ただしリスクのある工場もある。米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA・旧NAFTA)に準じて、非関税となっていたメキシコとカナダに北米向け生産拠点を持つ会社である。トヨタとホンダはカナダとメキシコ。日産とマツダはメキシコ。それぞれに生産拠点を持っている。これらの拠点は、米国へ非課税で輸出できることが前提で工場が作られている。これらの扱いがどうなるかがまだわからない。ただし、本質的な問題として、トランプ大統領はルールを守っている資本主義陣営の国のメーカーへの制裁を望んでいるとは考えにくい。なのでこれらのケースにきちんと救済策が打たれるかどうかが大きなポイントになってくるはずである。
ということで、現時点では全てが明らかになっていないトランプ大統領の自動車に対する経済政策を駆け足で説明してみた。今後の新たなニュースによってまた情勢が変わるかも知れない。引き続き慎重に観察していきたい。