車の最新技術
更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.05.21

モータースポーツとCO2【池田直渡の5分でわかるクルマ経済 第7回】

文●池田直渡 写真●トヨタ、ポルシェ、シーメンス エナジー

 カーボンニュートラルが叫ばれる中、クルマへの風当たりは強くなる一方だ。その圧力が、今のままずっと市販車だけに留まるかと言えばそんな話ではおそらく済まない。やがてモータースポーツも槍玉に挙げられるだろう。

 冷静に考えれば住宅の断熱化とか、移動そのものの削減とか、もっと言えば航空機や船舶による物流動力源の問題とか、本質的なところで取り組まなければならない話は多岐に及ぶ。

 しかし、昨今の世論は、往々にして複雑な話を忌避しがちなので、分かり易い方向へと進む。市販車のカーボンニュートラルの流れに巻き込まれて、「モータースポーツはCO2垂れ流しではないか?」という議論はやがてそこそこの熱量に達すると思われる。何しろ、市販車の議論をそのまま当てはめれば済むので構造が分かり易いし、モータースポーツなんて無くても困らない人にとって不要不急の無駄そのものと捉えやすい。

 そうなる前に、モータースポーツも批判に耐える準備をして行かなくてはならない。 残念ながら、EVはあまりモータースポーツに向かない。充電時間の問題が難しいのだ。現在行われているレースでは、バッテリーが切れたらクルマそのものを充電済みのクルマに差し替えるか、バッテリーを積み替えるか、そうでなければ長い充電タイムを挟んでの2スティント制など試行錯誤の最中である。本来レースは興行の側面が強いので、何時間にも及ぶ充電休憩は運営的に厳しい。入場料を支払っていただいたお客を何時間も放置はできない。

 その間に観客を楽しませるサポートレースでも行えれば良いのだが、そんなに多種多様なEVのレースが存在するわけでも、エントラントがいるわけでもないので、どうにも先行きがわからない。

 という中で、モータースポーツを大事にする自動車メーカーは、カーボンニュートラル時代のモータースポーツを模索すべく、新しいアプローチを進めつつある。それが代替燃料によるレース活動である。

 モータースポーツの頂点であるF1では2023年にe-fuelの導入を検討しており、すでにフォルクスワーゲン・グループのポルシェが関心を示しているという報道もある。ポルシェはe-fuelに熱心で、この他にエクソンと共同で911のワンメークレースでのe-fuelの実証実験を発表している。

  • ポルシェが公開したシーメンス エナジーと協業して取り組む「e-fuel」試験工場の完成予想図

    ポルシェが公開したシーメンス エナジーと協業して取り組む「e-fuel」試験工場の完成予想図

  • シーメンス エナジーが公開した「e-fuel」の概念図

    シーメンス エナジーが公開した「e-fuel」の概念図。グリーン電力から水素を生成、そこから合成メタノールを形成し、最終的にガソリン燃料を作る

モータースポーツ業界もカーボンニュートラル時代を見据えて代替エネルギーを模索し始めた

モータースポーツ業界もカーボンニュートラル時代を見据えて代替エネルギーを模索し始めた

トヨタが水素燃焼エンジンでのモータースポーツ参戦を発表

サーキットのパドックに特設された水素ステーションで充填するレーシングカー

サーキットのパドックに特設された水素ステーションで充填するレーシングカー

 という中で、トヨタが水素燃焼エンジンによるモータースポーツ参加を打ち出して来た。5月21と22日に富士スピードウェイで開催される「スーパー耐久シリーズ 第3戦 富士24時間レース」に水素燃焼エンジン搭載のカローラスポーツで出走するという。

 燃料電池(FCV)のMIRAIと何が違うのかと言えば、FCVは水素と大気中の酸素を化学反応させて発電する仕掛け、つまり電気分解の逆工程を内蔵した発電システムによってモーター駆動する仕掛けだが、水素燃焼エンジンはその名の通り、ガソリンの代わりに水素を燃焼室で燃やして出力を取り出す内燃機関である。

水素エンジン イメージ動画


 さてこの耐久マシーン、ボディは確かにカローラスポーツなのだが、エンジンからドライブトレーンはGRヤリスである。というより、事情によってGRヤリスにカローラスポーツのボディを被せたというのが実態である。

 車両構成を見ると、コンポーネンツはGRヤリス、ボディはカローラスポーツ、水素タンクと配管はMIRAIという具合で、可能な限り市販車の部品を流用して製作されているところがミソである。このプロジェクトが目指す所が、モータースポーツの継続発展にあるとすれば、それも当然で、現時点では計画は一切語られていないが、多くのプライベーターが車両を入手できるようにしなくてはならない。ワンオフ部品だらけのスペシャルなワークスカーではそういう道は開けない。市販車をできる限り改造せずに水素燃焼に仕立てることが大事なのだ。

 前代未聞の水素タンク搭載についての安全基準策定にはFIAも最大限便宜を図ってくれたらしい。それはつまりモータースポーツの未来に対して、同じ危機意識を共有しているということでもある。もちろんトヨタもそこは念入りに安全策を打っている。仮にレース現場で爆発炎上みたいなことを引き起こせば、ワイドショーの餌食だ。最悪の逆宣伝になる。物流の未来を担うはずのFCVも含めて水素の未来そのものを閉じてしまうことになりかねない。

 今回はMIRAI用のカーボンケブラー多層タンクを2本、それに長さを縮めた専用改変タンク2本の合計4本のタンクを搭載する。本来重心を下げるため低く床面に並べて搭載したいところを、敢えてリヤ車軸以前に集中させて積み上げ、60Gに耐える頑丈なカーボン製専用キャリアでホールドした上で、周囲をさらにカーボンの隔壁で覆って安全性を確保している。

 重心低下のためにリヤオーバーハングまで使って低く搭載することを諦めたのは、追突による破損を徹底的に防止するためだ。そもそも水素タンクそのものが樹脂製で軽く、水素も満タンで7キロそこそこなので、ガソリンの燃料タンクや、ましてやバッテリーに比べれば高く設置しても不利になりにくい。このタンクの安全収容のためにはコンパクトなGRヤリスのボディでは不可能であったためリヤサスが共通でメカニズムをコンバートしやすいカローラが選ばれた。

 逆に、変えざるをえなかったのはインジェクターだ。液体燃料から気体燃料へと変更になることは想像以上に難題で、これまでガソリンそのものに頼ってきたインジェクターノズルの潤滑を期待できない。その具体的方策は教えてもらえなかったが、GRのエンジニアは「デンソーさんには本当に感謝しております」と述べたことからも相当な無理難題を解決してもらったことがよくわかる。

 さて、水素はガソリン比で燃焼が圧倒的に速い。そのため点火の制御が難しく、従来のノウハウで点火タイミングが決められない。さらに燃焼室にホットスポットが出来やすく、これを熱源に自然発火してしまう。そこで直噴で、タイミング良く水素を吹いてやる技術が必要になってくる。噴射と点火タイミング、そして燃焼を抑制するための内部EGRの3点がキモになる。その制御が上手く行かないと、ホットスポットの加熱が早期着火を呼び、その熱がさらに加熱を強めるというサイクルに入って、あっという間に燃焼室を溶かしてしまう。燃焼の制御と排気ポート回りの冷却を徹底しなければならないのだ。

 さて、このレース車両を富士スピードウェイのテストデイに見てきたが、本コースでの走りを見る限り、極端に遅いというようなことは無さそうだ。もちろん初テストだけを見て本戦を予想するのは難しいがそこそこの戦いが期待できる。

 しかしながら、優勝が狙える可能性はゼロである。というのも水素の充填が遅い。まず現時点の予想では満タンで12周くらいと予想されており、24時間走りきるには50回の補給が必要だ。しかも法令によって水素タンクをピットに設置できないので、パドックに特設された充填所まで行って補給しなくてはならない。このコースからの出入りの時間を合わせれば、まあ絶望的なのは間違いない。

 この辺りは多くの知恵が待たれるところで、将来的にイコールコンディションにするためのハンデなどが出て来れば、また面白い結果になるかも知れない。

 さて、モータースポーツ継続のためのe-fuelや水素燃料。これらは、もしかすると市販車に対してマルチソリューションの重要性を訴求する意外な効果を挙げるかもしれない。
テスト走行を行う水素燃料車のカローラスポーツ

テスト走行を行う水素燃料車のカローラスポーツ

今回のまとめ

・モータースポーツでも「カーボンニュートラル」が求められる時がくる
・EVによるモータースポーツが実施されているが課題もある
・ガソリンに代わる「代替燃料」を各社が研究中
・モータースポーツだけでなく、実社会に「代替燃料」が使われる可能性も

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ