車の歴史
更新日:2018.11.07 / 掲載日:2018.01.26

名車探訪 HONDA N360

ホンダ軽トラックとオープンスポーツで1963年から既に四輪車市場に進出していたが、その販売台数は微々たるものだった。量販車を切望するホンダは、商用ライトバンL700をベースに4人乗りの2ドアハードトップ「N800」を試作するが計画は中断。かわりに徹底した機能主義と得意のモーターサイクル技術を融合させたFF軽自動車を発売する。ライバルよりも安価なのに圧倒的な高性能、そして素っ気ないほど飾り気の無い2BOXスタイルも受けN360は大ヒット。発売開始翌々月の5月に5500台あまりを売りスバルを抜くと、以後連続44か月にわたって軽自動車販売台数ナンバーワンを記録する。

ベーシックカーにも貫かれた「高性能」というホンダイズム

半人前扱いだった軽を若者の憧れに変身させた、二輪車で培った高性能

 民主的、という言葉を自動車雑誌で使うのは勇気がいる。けれど、ホンダN360という軽自動車と、それを生み出した本田宗一郎という人は、まさに民主的な存在だったのだと思う。
 そもそもホンダは、1958年に発売したスーパーカブなどで、動力付きの乗り物の普及、すなわちモビリティの大衆化で足場を固めた。四輪車への進出は構想していたものの、本田の胸算用では、それは二輪で世界一になってからのはずだった。ところが、時の権力への反骨心が、彼に早期の四輪への進出を決断させる。
 きっかけは、’61年に当時の通産省が打ち出した、特定産業振興臨時措置法案。国内自動車産業を保護・育成するために、業界を3グループに再編し、新規参入は認めないという法案だ。
 それに対して「株主の言うことなら聞くが、お上の言うことは聞かない」と啖呵を切った本田は、急ぎ四輪車の開発を進め、’62年の全日本自動車ショーにスポーツカーのS360とS500、軽トラックのT360を出展。四輪車メーカーとして名乗りを上げたのだ。ただし、S500は輸出を視野に入れていたが、そうは売れるものではなく、軽トラックも大きな儲けが望める商品ではない。四輪メーカーとして成長するためには、スーパーカブのように多くの人に愛される、ヒット作が必要だ。
 そこで狙いを定めたのが、軽の大衆車。’55年に規格が確立された軽自動車は、スズキのスズライトを皮切りに、’58年にスバル360がヒット。その後を追ってマツダR360やキャロル、三菱ミニカなどが登場していたが、“軽”の言葉通り半人前の自動車扱い。’63年に開通した名神高速でも、最高速は80km/hに規制され、現実問題として、それ以上出るクルマはなかった。そこに、ホンダは二輪で培った高性能を武器とするN360で挑み、成功するのだ。
 搭載されたエンジンは、同社の二輪車、CB450用を下敷きに開発された空冷2気筒SOHC。新設計ではあったが、気筒間のチェーンによるバルブ駆動や常時噛み合い式のトランスミッションなどのメカニズムは二輪譲りで、エンジン外観も二輪車を思わせた。
 8500回転という、当時としては驚異的な高回転で絞り出される最高出力は31馬力。20馬力前後だったライバルの5割増しのパワーで、115km/hの最高速を謳った。室内も広く、後席にも大人が無理なく座れた。しかも、価格は実質2シーターのマツダR360を除けば、最安の31.3万円から。売れない理由はなかった。


軽自動車ブームに冷や水を浴びせてしまった高性能ゆえの欠陥車騒動

 ホンダはS500やT360を発売した翌年の’64年に、F1に参戦している。二輪でも、’54年に挑戦を宣言し、’59年から本格参戦したマン島TTレースでの活躍で、世界にホンダの名を轟かせた。その手法を四輪車でも踏襲したのだ。
 初出場のドイツGPで、早くも9位を獲得。翌年には優勝もして、ホンダは四輪車も高性能であることを、国内外にアピールした。そんな中で、他を圧する高性能を引っさげて登場したN360が、モータリゼーション黎明期の日本の若者を熱狂させたのは当然だった。
 N360は空冷にしてはよく効くヒーターを標準装備するなど、快適装備も充実していたが、やはり何よりも人気を呼んだのは走り。二輪譲りのエンジンは鋭いピックアップを見せ、直前に登場したスバル1000と同じ、最新の駆動系を採用したFF方式は、広い室内に貢献するとともに、安定したクルージング性能も見せた。
 N360に対抗して、31馬力のダイハツフェローSSや、最高速125km/hを誇るスズキフロンテSS、0-400m加速20秒切りを謳うスバル360ヤングSSなど、ライバルも高性能競争に参入した。N360もスポーティなSタイプや、ツインキャブで36馬力を叩き出すTシリーズなどで応戦。’67年5月に5500台余りを販売してトップに躍り出ると、’69年には月販2万台を超える。
 しかし、その高性能が裏目に出る。当時、アメリカの弁護士、ラルフ・ネーダーがRR方式の操縦性に起因する事故の多かったシボレーコルベアを欠陥車と告発したのをきっかけに、世界的にクルマの安全性への関心が高まっていた。そんな中、ネーダーを手本に、日本の消費者団体がN360も事故が多発する欠陥車だとしてホンダを告発したのだ。
 高性能なFF軽自動車は、作り手にも乗り手にも初めて。タックインと呼ぶ急激に内側に切れ込む現象は、今のFF車よりたしかに出やすかった。しかし、当時の自動車雑誌では、その特徴を利用してスポーティに走れるとも評されたし、N360だけの弱点ではない。ところが、世間はそうは取らなかった。大手マスコミまで巻き込んだ欠陥車報道の中で、N360は矢面に立たされてしまったのだ。
 保安基準改訂に合わせて、’69年により上質な内外装や乗り心地のN2へと進化。’70年にはN3となり、操縦性も穏やかに躾けられていくが、Nの売れ行きは落ち、’71年1月に、44か月続いた軽自動車連続トップセラーの座から陥落する。高性能を大衆化したNは、民主主義の暴走に屈したのだった。

Nの成功と迷走。長い沈黙を経て再び軽販売の頂点へ

 幕切れは苦い形になったが、N360の成功は、ホンダの四輪事業の大きな礎となった。派生モデルのZは、軽スペシャリティカーという新たな市場も生んだ。一方、それらの成功はホンダにもうひとつの転機をもたらした。
 軽量コンパクトを追求して採用した空冷方式の優位性に本田がとらわれ、続いて開発した小型車のホンダ1300でも、部下の反対を押し切って凝った空冷方式を採用。経営が傾くほどの販売不振を招いてしまうのだ。
 さすがの本田もこれに懲り、’71年に登場したN360の後継車、ライフでは水冷の採用に同意する。さらに部下が開発した水冷のCVCCエンジンが、アメリカが打ち出した厳しい排ガス規制を世界で初めてクリアしたことで、彼は潮時を知り、’73年に潔く引退する。
 ちょうどその頃、ホンダの軽自動車は初期の役割を終えようとしていた。経済成長に伴って、軽ユーザーの多くが小型車にステップアップ。車検制度の導入もあり’70年をピークに軽市場は長期の低落に入る。さらに排ガス規制による大幅なパワーダウンが避けられず、Nのような走りの軽自動車は、もう登場できないと思われた。
 そうして、販売好調のシビックに生産ラインを譲る形で、ホンダは’74年に軽乗用車生産から撤退する。経営資源を小型車に集中させたホンダは、’76年にはシビックより上級のアコードを投入。国内専用の軽自動車に代わり、世界戦略車の品揃えを進めるのだ。
 時は流れ、ホンダが軽乗用車市場に復帰するのは’85年のことだ。’79年登場のスズキアルトをきっかけに、経済車として再評価された軽自動車は、その頃には’70年代を上回る大きな市場へと回復していた。ただし、復帰第一作となるトゥデイは、実用車に徹したアルトとは異なる個性を備え、ホンダらしく走りも鋭かったが、N360ほどには売れなかった。
 この時代の軽自動車は、もはや冷蔵庫のような純実用品として選ばれるようになっていたのだ。その後もホンダはミッドシップスポーツカーのビートや第二世代のZなど、個性派の軽自動車を送り出すが、販売面ではスズキやダイハツの後塵を拝し続けることになる。
 その屈辱をバネに、ふたたび軽自動車の盟主となる決意で挑んだのが、2011年のN-BOXに始まる新世代軽自動車群だ。それらは、軽自動車が合理的なファミリーの足として選ばれる時代にマッチして大ヒットとなった。高性能を武器にしたN360から半世紀。ホンダのNが、人々の暮らしをふたたび豊かにしたのだ。



提供元:月刊自家用車



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グーネットマガジン編集部

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