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更新日:2024.01.08 / 掲載日:2024.01.05

超人モリゾウとプリウス耐久レース仕様【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文と写真●池田直渡

 新年明けましておめでとうございます。と挨拶しつつ、話題は年末に戻る。12月23日、トヨタはタイ・ブリラムで行われた「IDEMITSU SUPER ENDURANCE SOUTHEAST ASIA TROPHY 2023 第3戦 タイラウンド」に、新型プリウスのスーパー耐久仕様をエントリーさせた。

 トヨタは、すでに国内スーパー耐久シリーズのST-Qクラス(実験車両クラス)に、カローラスポーツの水素内燃機関を搭載した「ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept」とGR86にGRヤリスの3気筒ターボエンジンを搭載してカーボンニュートラル燃料で走らせる「ORC ROOKIE GR86 CNF concept」の2台を通年エントリーさせているが、今回タイのチャーンサーキットで行われた10時間耐久レースでは、上述の2台に加えて、新たに「CP ROOKIE PRIUS CNF-HEV GR concept」をデビューさせることになった。

カーボンニュートラルの選択肢を広げるために続けられているレース活動。今年はカーボンニュートラル燃料で走るハイブリッド車としてプリウスが加わり3台体制となった

 この一連のレース参加は、トヨタが掲げるマルチパスウェイの理解を進めるための活動だ。ASEAN各国において、すでにBYDやMGなど、中国を含む多くの自動車メーカーが進出しており、バッテリー電気自動車(BEV)に関して言えばむしろ日本より選択肢は多い。

 そうした環境のなかで「何を選ぶかはユーザーが決めること」と言い続けてきたトヨタとしては、ASEANのカーボンニュートラルの選択肢として、ハイブリッド(HEV)をしっかり訴求していこうと考えているわけだ。

 新興国マーケットの現状を真面目に考えれば、BEVのイニシャルコストやインフラ普及のハードルは日本で考える以上に高い。そうした環境でBEVオンリーでのカーボンニュートラルを目指せば、結果的に取り残される人が多くなる。もちろん富裕層はBEVを購入すれば良いが、彼の地の庶民にBEVを買えというのは「パンがなければケーキを食べればいいじゃないの」というのに等しい。

 実際、タイでは、自動車を廃車にするという概念がほとんどない。どんなに古くなっても、あるいはかなりひどい事故車、たとえばゴロゴロと転がってドアも屋根も潰れたようなクルマでも修理されて売買される現実がある。

タイの市街地を走る乗合バス。料金も安く、庶民の足として活躍している

 写真のバスの姿を見てもらえば直感的に理解できるだろう。これは特別古い車両を選んで撮影したわけではなく、乗合バスはどれもこんなコンディションだし、タイ名物のトゥクトゥクもまた永遠の寿命があるかのようだ。ご存知の方も多いだろうが、そもそもトゥクトゥクは、1957年から1961年まで日本で生産されていたダイハツミゼットが中古車として輸出されたもの。

 最終型だとしても63年前の車両である。物持ちが良いとかそういう言葉では表し切れない世界である。もちろんピカピカの新車も走っているが、そういう数十年選手の車両しか買えないユーザーも沢山おり、それで交通が成り立っているのがタイの現実だ。

トゥクトゥクは、タイを代表する乗り物。ダイハツのミゼットをベースにした三輪自動車だ

 極端な老齢車が永遠に走り続けていると、CO2の削減は一向に進まない。そうした懸念から、少しでもリーズナブルで長期使用に耐えるカーボンニュートラル車を増やして行くことは社会的に重要な課題である。

 トゥクトゥクのオーナー層に手が届くまではだいぶ道のりが長いにせよ、安価な選択肢は少しでも広げる必要がある。となれば10年20年経過後の中古が広がって行くことを期待するわけだが、かなり長寿命になってきたとは言え、BEVのバッテリーが30万キロ保つとは考えられない。能力が20%も落ちれば、コスト優先の国情であろうが航続距離が激減して使い物にならなくなる。

 HEVだってそのくらい走ればバッテリー能力は低下するが、少なくともバッテリー容量の差は50倍ほどあり、バッテリー交換コストには大きな差が出ることになる。きっと新興国のダイナミズムで中古の再生バッテリーが出まわったりするだろう。

 考えただけで危ないが、60年前のトゥクトゥクに客を乗せて、エアバックどころかシートベルトもなしでぶっ飛ばして行く国情で、社外バッテリーを使うのは危険だと指摘しても糠に釘だろう。もしかしたら日本の程度の良いユーズドバッテリーを輸出するビジネスができるかもしれない。

 それにHEVの場合はバッテリー能力が半減しても、ストップ&ゴーが多い環境なら、ちゃんと回生してくれるし、最低限走るだけなら完全にバッテリーが死ぬまでなんとかなる。もちろん冷静な話として、彼らの懐事情には20年後のHEVですら高いかもしれないが、だからと言って何もやらないわけには行かないだろう。そこは市場の逞しさがなんらかの出口を見つけて行く話であって、コストと安全性のバランスはわれわれとまったく違うところにあるマーケットも現実に存在しているという話である。

 さて、というまだわからない未来に向けて、新たな選択肢を訴求するというのが現在のトヨタのミッションなのだが、訴求に際してのトヨタの最強のコンテンツは日本だけでなくタイでもモリゾウ選手だ。ピットの上に設けられたVIP席でタイの国旗を振る姿に、ピットウォーク中の人々から自然とモリゾウコールが湧き上がる。その人気の高さに筆者はたじろいだ。

BEVと純粋な内燃機関車の橋渡しになるハイブリッド車が、カーボンニュートラル燃料でどのような価値を生み出すのか。挑戦は続く

 ということがわかっているモリゾウ選手は、10時間耐久レースで、なんと水素カローラとハイブリッドプリウスの2台の車両でダブルエントリーする。失礼ながら御歳67歳のすることではない。耐久レースというのはドライバーが交代して1台のクルマを走らせるもので、車両を代えて同じドライバーが運転するものではない。

 筆者は、流石に心配になって「体は大丈夫なんですか?」と聞いてみたが、「体はキツいけど、マルチパスウェイの選択肢としてハイブリッドの存在価値を理解してもらう方が大事」と言って笑っている。超人モリゾウである。

モリゾウとともにステアリングを握ったのは、トヨタがタイで協業を進めるCPグループの執行役員で、交通サービス事業をになうトゥルーリーシング社長のカチョーン氏。両氏には、モビリティ企業のキーパーソンという側面に加え、クルマ好きという共通点がある

 一応プリウスの仕上がりを聞いてみると、「ブレーキが難しい」とのこと、そりゃ回生協調制御をレーシングスピードの領域でやるわけだから大変なことだろう。逆に言えば、これからトヨタのHEVの回生協調制御はレースの世界で鍛えられていく。現世代のプリウスになって、もはや「回生ブレーキはフィールが悪い」と指摘できないほどに改良されたわけだが、それでも純生のブレーキとの差はゼロではなかった。それが限りなくゼロに近づいて行くのではないか。プリウスの参戦には極めて多面的な意味があるのだ。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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