輸入車
更新日:2019.10.30 / 掲載日:2019.10.30
【試乗レポート メルセデス・ベンツ EQC】ブランド初の本格量産EVの実力をチェック

文●工藤貴宏 写真●ユニット・コンパス
21世紀がはじまって20年が経とうとしているいま、クルマ社会は大きな転換期を迎えようとしている。そのひとつが動力源の変化だ。
100年以上にわたり主力となり、私たちにとって身近な動力源と言えば、ガソリンやディーゼルといった化石燃料を燃やしてエネルギーを生み出すエンジンだ。しかし、エンジンからモーターへの交代がはじまっている。ここ100年ほどの常識が変化し始めるタイミングが、まさにいまなのだ。
その変化のバックにあるのは、なんといっても地球環境である。多くの気象専門家は大気変動によって地球の気温が上昇すると警告し、その大きな原因が二酸化炭素にあるという(これはあくまで仮説であり断定されたわけではない)。それを受け、二酸化炭素を排出すること自体が反社会的と感じる人も存在する。
自動車のエンジンも二酸化炭素を排出する「装置」のひとつだから無くしていかなければならない。それが「脱二酸化炭素」という考え方だ。
では、エンジンを使わずにクルマを走らせるためにはどうすればいいか? その答えがガソリンや軽油を燃やすのではなく電気によりモーターをまわして動力を生み出す電気自動車である。
さらに、このところ各自動車メーカーが量産電気自動車を次々と発表するのには理由がある。欧州では2021年から「脱二酸化酸素」の考えに基づいて大幅に厳しい二酸化炭素の排出量規制がスタートする。各メーカーの平均値で走行1kmあたり二酸化炭素排出量を95g以下に抑えなければならず、これはガソリン車の燃費に例えると24.4km/L。クリアできなければ、1g超過するごとに販売1台あたり95ユーロ(約1万2000円)の罰金をメーカーが国へ払わなければならないという非常に厳しいものだ。
電気自動車を販売するとその規制に対して計算が有利になる。日本メーカーでも、ホンダやマツダが量産電気自動車を欧州から投入すると宣言した理由もそこにあるのだ。そんな背景もあって、欧州では今年から来年にかけて多くの市販電気自動車がデビューするのである。
電気自動車専用サブブランド「EQ」のモデルとして専用デザインを採用

長い前置きになったけれど、メルセデス・ベンツ初の量産電気自動車である「EQC」のデビューもやはりそんな背景を知ってこそ理解しやすい。昨今の電気自動車の増加は、市場のニーズよりも社会的な必然性としての結果なのだ。いっぽうで、メルセデス・ベンツは1997年に発売した初代Aクラスで床下にバッテリーを収める車体構造とするなど、盛んに電気自動車の開発を進めていた。そんなメルセデス・ベンツなのに、量産市販モデルの発売は意外に遅かったなという気持ちもある。逆に考えれば、ガソリン車やディーゼル車のように完成度の高い電気自動車を市場へ送り出すのは相当に難しいことで、熟成に時間をかけていたということなのだろう。
こうして量産電気自動車の市販第1号となったEQCは、メルセデス・ベンツの他のモデルとは異なる専用デザインを身に纏って登場した。昨今の量産電気自動車のトレンドは専用のボディを用意することだから、それに則ったものだ。一般的なメルセデス・ベンツ車とは異なるフロントグリルをはじめ、流麗なヘッドライトなど未来を感じさせるデザインになっている。
いっぽうで車体構造に関しては、エンジン搭載車の「GLC」がベース。とはいえ床下に80kWhという大きなバッテリーを収めるためにプラットフォームは大幅に構造を変更しているし、エンジン搭載車と変わらぬ衝突時の安全性を確保するためにフロント部分(ボンネット内からトランスミッション用スペース)にはエンジン+トランスミッションの形に似た立体的なパイプフレームが追加されている。車体は基本設計を巧みに活用しながら、まったく別物といっていいだろう。ちなみに、ガソリン車の車体をベースにしたこの設計は製造ラインで組み立てる際に効率がいいという面もある。
インテリアも専用の仕立てながら使い勝手は従来のメルセデス車を踏襲

インテリアも専用デザイン。昨今のメルセデス・ベンツ車と同じくインパネに大型(EQCでは10.25インチ)のディスプレイをふたつ並べるデザインで先進的だし、GLCとは異なるデザイン。しかしながら電気自動車だからという特別な演出は特になく、ハンドルを持ったまま操れるシフトレバーをはじめとする操作系も他のモデルに準じているのでメルセデス・ベンツオーナーは何の違和感もなく乗り換えることができる。
EQCに触れていると、そんな操作系から感じる「電気自動車というよりはメルセデス・ベンツ」という考え方は、操作系だけでなくクルマ全体から伝わってくる。そう、「動力源が変わっても今までのメルセデスと同じ感覚で」というのがこのクルマのテーマなのだ。気になる航続距離は、欧州計測モードで400km。GLCガソリン車でもっとも燃費の悪いモデル(Mercedes-AMG GLC 63 S 4MATIC+)に比べると2/3程度だが、東京から軽井沢まで往復しても余裕があると考えれば十分に実用的だ。
モーターを前後に搭載するツインモーターの4WDで、モーター自体は前後とも同じもの。しかしセッティングが異なり、主動力源となるフロントモーターは効率を重視、サブとなるリヤモーターは力強さを重視しているという。走行状況に応じ、そのバランスを変えながら駆動力を発生しているのだ。トータルでの最高出力は300kW(408馬力)と、ガソリン車でいえば「Mercedes-AMG GLC 43 4MATIC」と「Mercedes-AMG GLC 63 4MATIC+」の中間。最大トルクはなんと、765Nmと「Mercedes-AMG GLC 63 S 4MATIC+」の700Nmを超えるのだから驚かずにはいられない。車両重量が約2.5トンあるとはいえ、もちろん遅いわけはない。というかかなり速い。
驚くべき静粛性の高さ。停止状態から100km/hまでの加速は5.1秒とかなりの俊足

乗り味は、すべてがよくできていて上質だ。驚くのは静粛性で、室内は驚くほどの静けさだった。そもそもエンジンの音がまったくしないのもあるが、タイヤノイズや風切り音など“エンジン音がないことで結果的に目立ちがちな音”もしっかりと対策されていた。
さらには乗り心地も上質で、重いバッテリーを積んでいるのでサスペンション自体はある程度の硬さがあって路面の悪い場所や段差を乗り越えたときなどにそれを感じるシーンもあったものの、通常時は感動するほどのフラット感。そのあたりの上質感もメルセデス・ベンツらしさと思えた。
加速は、停止状態から60km/hまでの加速は2.5秒、100km/hまでの加速は5.1秒とかなりの俊足だ。しかし、おなじ電気自動車ながらテスラの強烈な加速感とは対照的で味付けはじつにジェントル。高速道路合流や料金所通過後の加速でアクセルを全開にしてみたら、あくまでスムーズに車速が上がり、気が付けば加速感以上に速度が高まっているという高出力の高級サルーンのような感覚だった。アクセルを全開にしても乗員に急激な加速Gを与えることは、あえて避けているようだ。
いっぽうでブレーキは、エンジン車とは違ってちょっと独特。アクセルを離すと回生ブレーキが働き、クルマは緩やかに減速していく。ただしこれにはドライバー個人の好みがあるので、ガソリン車でいうパドルシフトと同じ操作で、アクセルを離した際の減速感(回生ブレーキの効き)を4段階に切り替える仕掛けが備わっていた(アクセル操作に対する反応はどれでも同じ)。国産車でいうとアウトランダーPHEVの「回生レベルセレクター」と同じ機構で、ガソリン車にたとえればアクセルオフ時のエンジンブレーキの効きを手元で調整できると考えればわかりやすい。下り坂での速度コントロールなどにも便利だ。
EQCの発売にあたり購入者をサポートするプログラムを用意

ところでメルセデス・ベンツは、EQCの発売にあたり購入者をサポートするいくつかのプログラムを打ち出してきた。そのひとつが、バッテリー特別保証サービスだ。電気自動車のバッテリーは劣化するのを防げないが、新車購入から8年または走行距離16万km以内でバッテリー残容量が70%を下回った場合は保証が適用されるという。
さらに「電気自動車は(ガソリン車に比べて)高いうえに、リセールバリューが不安」というのは電気自動車購入にあたってよく聞こえてくる心配。そこで、ローン終了時に残価差額の清算が必要となる一般的な残価設定ローンとは異なり、残価清算が不要な残価保証型のプランの「クローズエンドリース」を設定したのだ。これで下取り額を心配することなくEQCを購入できるというわけである。
また、電気自動車の購入にあたっては「年に数回あるかもしれないロングドライブが不安」という人もいることだろう。そこで新車購入から5年間の間に5回まで、メルセデス・ベンツの希望のモデルを無料で使える週末貸し出しサービスなども用意している。
電気自動車が高価なクルマであることは、EQCも変わらない。しかし、ユーザーフォローも含めて新しい世界を味わえることだけは間違いない。そして、ガソリンエンジンの発明にルーツを持つメルセデス・ベンツというブランドからついに電気自動車が発売されたこと自体が実は、大きなニュースといえるだろう。
メルセデスベンツ EQC 400 4MATIC (4WD・モーターによる無段変速)※諸元は欧州参考値
全長×全幅×全高 4761×1884×1623mm
ホイールベース 2873mm
パワートレイン 非同期モーター2基
バッテリー容量 80kWh
車両重量 2495kg
最高出力 408ps
最大トルク 78.0kgm
タイヤ前・後 235/50R20・255/45R20