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更新日:2025.11.26 / 掲載日:2025.11.26

「軽」こそ日本の勝ち筋? EV・自動運転の現実的な未来は

(掲載されている内容は「プロト総研 / カーライフ」2025年11月掲載記事「【「軽」こそ日本の勝ち筋? EV・自動運転の“熱狂”から見えた現実解】」を転載したものです)

 自動車ビジネスに造詣の深い専門家を招き、業界のいまをお伝えするインタビュー記事。今回のテーマは「日本の自動車ビジネスの勝ち筋」です。モビリティの未来がMaaS(Mobility as a Service)的なものへと向かうと思われた2010代後半から始まった自動車ビジネスの地殻変動。一時期の熱狂が冷め、EV(電気自動車)や自動運転の現実的な課題が見えてきたいま、日本の自動車産業はどこへ向かうべきか。自動車ジャーナリストの池田直渡氏にお話を伺います。

電気自動車普及の現状と今後

宗平 本日はよろしくお願いします。急激に進むかと思われたEVシフトについて、状況が変わったように感じています。世の中の論調として、少し前までは「EVこそ正義」だったのが、最近は「EVオワコン論」まで出るなど、極端に振れている印象です。池田さんは現状をどう見ていますか?

池田 メディアでは極端な物語が好まれますが、現実はそう単純ではありません。EVが出てきた途端にガソリン車がなくなるという議論自体が不思議です。昔ディーゼル車が出てきた時、ガソリン車はなくなりませんでしたよね。そもそもEVは、カーボンニュートラル社会を実現するための多様な選択肢のひとつです。ただ、その普及には充電という制約があります。とくに日本では戸建てと集合住宅の割合が半々で、集合住宅で全戸に充電器を設置するのは電源レベルから見直す必要があり、現実的ではありません 。

宗平 となると、普及台数には上限があると。

池田 日本の環境でEVを導入できるのは、多く見積もっても全世帯の半分(戸建て層)の、さらに半分のひとたち。つまり全体の25%程度が当面のマキシマムではないでしょうか。残りの75%は、既存の技術を改良したクルマ、例えばカーボンニュートラル燃料を使ったハイブリッド車などでカバーする必要があります。だからこそ、トヨタが一貫して主張してきた「マルチパスウェイ(全方位戦略)」が、いまになって正しかったと評価されています。ヨーロッパのメーカーは「何年までにEV100%」と宣言して莫大な投資をしましたが、補助金がなくなると販売台数も失速し市場がついてこない。結局、一度終了した内燃機関の開発を再開するなど右往左往している。彼らはユーザーを自分たちの都合で動かせると勘違いしてしまったんです。

宗平 EVの根幹であるバッテリー技術も、まだ過渡期という印象があります。バッテリーの進化は性能だけでなく価格にも大きく影響するのではないでしょうか。

池田 そのとおりです。一方で、バッテリーはまだまだ化学的な領域で試行錯誤の段階です。

宗平 技術の目処が立たなければ大規模な工場投資はできない、と。

池田 まさに。バッテリー工場には5000億円規模の投資が必要ですが、たとえば5年後に技術トレンドが変わったら、その投資は無駄になり、再投資が必要になる。ここで面白いのがトヨタの戦い方です。豊田章男会長(当時社長)はEVへの投資について、「最終コーナーを立ち上がってから馬券を買う」といった表現をしました。研究開発は徹底的にやるが、巨大な生産設備への投資は答えが見えるまで待つ。自動車産業の本質は技術開発だけでなく、いかに安く、需要に合わせて柔軟に作るかという生産技術にあるからです。

宗平 国策としてEVを推進してきたBYDを筆頭とする中国勢の脅威もよく語られます。

池田 BYDは確かにリン酸鉄バッテリーでリードしていますが、彼らにも悩みはあります。ひとつは輸送コストです。EVを積んだ輸送船が火災を起こした影響(フェリシティ・エース号の事故:2022年など)で、バッテリー輸送の海上保険料がとんでもなく高騰しています。地産地消が理想ですが、まだEVの販売台数が少ないため、各地に巨大工場を作ってもペイしない。BYDは作りすぎたバッテリーを安く売りたいのに、輸送費が高すぎて現地での価格競争力が相殺されている。まさにジレンマです。

ジャパンモビリティショー2025でワールドプレミアされたBYDの電気軽自動車RACCO。日本専用に開発されたこともあり「EVの黒船」になるのではないかと注目を集めている。

自動運転の現実解はADASにあり

宗平 もうひとつの未来技術、自動運転についてはどうでしょう? テスラが一歩先を行くイメージですが。

池田 そこも難しい問題を抱えています。テスラはカメラだけの単一センサーシステムに切り替えましたが、世界中の法律では「冗長性(バックアップ)を持たせるため2系統以上のセンサー」を義務化する流れになっています。仮にテスラのシステムが優秀でも、法律で「道路を走ってはいけない」となれば終わりです。

宗平 Appleも自社による自動車の開発を断念しました。私たちが夢見た「ハンドルがないクルマ」の未来は来ないのでしょうか。

池田 ポテトチップスを食べながら大阪まで行くような未来像は、少しイージーすぎましたね。ユーザーが求めているのは、コストと利便性がバランスした商品であって、最先端のロボットカーではないのです。実際、自動運転の現実解は、ADAS(運転支援システム)の高度化にあると考えています。現在、すでに高速道路でのハンズオフ運転は実用化されています。このレベルでも十分便利なのに、そこから先の「完全自動運転」のために多大なコストを払う人がどれだけいるでしょうか。

宗平 ADASの進化が現実的だと。

池田 話題のテスラのFSD(フルセルフドライビング)も、自動運転レベル2の運転支援の領域に留まっています。わたしが注目しているのは、日産が2027年の市場投入を予定している次世代プロパイロットです。これもADASの発展系ですが、一般道でもドアtoドアを実現するといいます。AI技術と次世代LiDARを活用したもので、同乗走行したのですが非常にスムーズに銀座の街中を走りきった。この技術が画期的なのは、ファントムブレーキ問題(障害物がないにも関わらず自動緊急ブレーキが誤作動する現象)の解消について目処が立ったことにあります。システムが判断に苦しむ状況に直面した際、まずは減速か車線変更で回避し緊急ブレーキを踏まないように制御する。これが実用化されれば、ドライバーが最終責任を負うADASの領域で、私たちが自動運転に期待する利便性のほとんどがカバーできてしまうかもしれません。

日産の次世代ProPILOTは、自動運転レベル2の領域を磨き上げることで、ドアtoドアの運転支援を実現しようとしている。市場投入は2027年を予定

世界が発見した軽自動車という小宇宙

宗平 EVも自動運転も、夢物語ではなく現実的な技術の積み上げが重要だと。

池田 そうです。ものづくりにおいて劇的な変化というのは現実的ではなく、徐々に社会に浸透していく時間的経過が必要になってきます。一方で、マーケットに目を向けるとおもしろい動きがおきています。それが、日本以外の国で軽自動車に注目が集まっているという話です。

宗平 軽自動車、ですか?

池田 はい。アメリカやイギリスで、日本の中古の軽自動車が売れているんです。とくにアメリカの軽トラックですね。アメリカには「25年ルール(製造から25年経過した車は当時の安全・排ガス基準の規制を受けない)」があり、車齢25年を超えると日本の右ハンドル車をそのまま輸入することが可能になります。スポーツカーなどが有名ですが、同じような流れで軽トラが輸入され、「こんなに面白くて安いクルマがあるのか」と人気になっています。

宗平 トラック大国が日本の軽トラの利便性に気がついたと。

池田 彼らにとって、あの排気量とサイズの規格はただ小さいだけに見えているのかもしれませんが、日本メーカーは法律で決められた厳しい制約の中で、「1円、1グラム、1ミリ」をとことん突き詰めてきた。その結果、とんでもない技術の凝縮体ができあがった。わたしは、それは他の軽自動車にも当てはまる話だと考えています。今後、日本の勝ち筋になる可能性を秘めていますよ。

宗平 たしかに、軽自動車は、規格のなかで商品性を磨き上げるためにメーカー各社が努力を重ねてきました。その結果、いまや国内新車販売における比率は約35.5%(2024年度、日本自動車会議所のデータから)達しているわけで、すでに国民車となっています。

ホンダがジャパンモビリティショー2025で公開した「Super-ONE Prototype」は、軽EVである「N-ONE e:」をベースにしている。量産モデルは2026年に日本を皮切りに英国やアジア各国で発売される

池田 軽自動車は、スポーツカーもあれば、トラックも、オープンカーも、雪上車まである。あの小さな規格の中に「小宇宙」のようにあらゆる車種が存在するんです。世界で一時期流行ったマイクロEVは、はっきり言って自動車のクオリティではなかった。それより、はるかに安全で現実的な解が、じつは日本にずっとあったわけです。

宗平 その価値に、世界がようやく気付き始めたと。

池田 大阪万博では、日本の軽自動車を特装車も含めて全部並べるべきでした。きっと世界中の人がびっくりしたはず。軽自動車というプラットフォームは、安くて軽くて経済的で、耐久性も高い。このキャンバスの上に、例えばイタリアのデザイナーが絵を描いたらどうなるか。そういう文化的なワクワク感もあります。夢物語を語るのではなく、こうした現実の積み重ねのすごさを、もっと評価すべきだと思いますね。

宗平 中古車マーケットは正直です。だれかが欲しいものには相応の高い価格がつく。昔から日本は小さくて優れた商品を作るのが上手な国だったと思います。そうした日本人の気質のようなものこそが、世界で通用するのではないでしょうか。本日はありがとうございました。

池田 ありがとうございました。

出演者プロフィール

ツーショット

池田直渡(写真右)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

宗平光弘(写真左)
株式会社プロトコーポレーション代表取締役副社長およびグループ・関連会社各社の会長職を務める。「PROTO総研/カーライフ」では所長としても取材活動を行う。

この記事は「プロト総研 / カーライフ」より転載したものです。

ここでは、「プロト総研 / カーライフ」2025年11月掲載の「【「軽」こそ日本の勝ち筋? EV・自動運転の“熱狂”から見えた現実解】」を掲載しました。他にも、多様な角度から未来のモビリティの姿に迫るインタビュー記事も掲載しているので併せてチェックしてみてください!

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・プロト総研 / カーライフ:https://protosouken.com/

 

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グーネットマガジン編集部

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