新車試乗レポート
更新日:2024.01.07 / 掲載日:2024.01.06
考えるほどに奥が深い新型クラウン【九島辰也】
文●九島辰也 写真●トヨタ
昨年12月、と言っても約1ヶ月前のハナシですが、2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤーが発表されました。大賞に輝いたのはトヨタ・プリウス。その斬新なモデルチェンジに多くの票が集まりました。選考委員であるワタクシもその一人。仕上がったクルマはもちろんですが、これまでの経緯をガラリと変えた開発陣の勇気と英断は賞賛に値します。
その流れからすると新型クラウンもこれまでの経緯を白紙に戻し、ゼロから考え直された気がしました。かつてはエステートもありましたが、近年はセダン一本槍でしたから、4つのモデルを配するのはプリウスのモデルチェンジ以上に斬新に見えます。もはやクラウンは新境地に達したのではないかと。そりゃそうですよね、「次期クラウンはSUVになる?」なんてネットニュースが流れた時、その可能性は否定できなくとも4つのモデル展開があるとは誰も思いませんでした。
ですが、冷静に4つのモデルを眺めているとあることに気づきます。「このバリエーションってどこかで見たな」と。
思い浮かんだのはメルセデス・ベンツのEクラスです。ご存じのようにセダン、ステーションワゴンがあり、そのSUV版としてGLE、GLEクーペがあります。要するに同じセグメントに同じプラットフォームで4つのモデルを並べています。BMWもそう。5シリーズにセダンとツーリングがあり、X5とX6があります。多様化するマーケットに対応するよう彼らはどこよりも早くこうしたラインナップを構築してきました。
これをクラウンに置き換えると、セダン、エステート、クロスオーバー、スポーツとなります。オーセンティックなSUVではなくクロスオーバーにした理由は「時代の流れ」でしょう。トレンドはそちらに傾いていますし、典型的なSUVではランクル・プラド(ランクル250)とかぶります。それにSUVクーペブームもありますから、クロスオーバーベースのスポーツが追加されても不思議ではありません。
こうしたドイツ車との関連性は開発者と話していても感じます。彼らの口から出てくるのは“ジャーマンスリー”。主に走りの面で、そこと比べてどうなのかという話題になります。日々そこを意識しているのは明白です。
ですが、トヨタの戦略は4つのクラウンを展開したことでは終わりません。そのひとつひとつにちゃんと個性を出しています。
個人的に一番おもしろいと思ったのがセダンです。なんたって前述したメルセデス・ベンツやBMWも苦労しているカテゴリー。ドイツではカンパニーカー制度とタクシーへの供給でかつて多くのセダンが供給されていましたが、今やSUV系がそれに代わっていますし、もとより世界的なSUVブームでセダンの需要は落ちています。となると、本当にセダンをつくる意味はあるのかと疑問が湧きます。
ですが、クラウンセダンはそれを見事にクリアしました。答えはFCEV。ミライと共有する水素を使った燃料電池システムをセダンに搭載させたのです。
このクルマのターゲットはズバリ官公庁です。FCEVはSDGsを掲げる彼らの思惑とピッタリ合致します。それに保守王道の組織が一番欲しているのはセダンというカタチ。アメリカ大統領のクルマがSUVになろうと、日本の官公庁のトップはセダンを選びます。もちろん、水素ステーションの数が少ないという問題はありますが、そこも彼らはクリアできるはず。自治体からの要請があれば、全国的に水素ステーションが増えるきっかけになります。
しかもこのセダンがよく出来ている。リアは流行りのスポーツハッチのようになりますが、全体的にウエストラインが高くボリュームがあります。よってフロントマスクを含め威厳のあるデザインとなります。さらにいえば走りもいい。水素を使うとはいえ駆動はモーターですからとにかく速い。出だしや追い越し加速は想像以上。それにハンドリングも悪くないのには驚きました。ステアリング操作に対するボディは一体感が強く、切り返しにも瞬時に対応します。リアシートをメインとする公用車には十分すぎるハンドリングですね。これならきっと中小企業のオーナーも欲しがるのでは……。
なんて思っていたら、そんな方々にも使える2.5リッターエンジン搭載のHEVが用意されていました。なんともニクイ演出。こっちは水素ステーション不足の心配はありませんから誰でも不安なく乗れます。
というのが新型クラウンに対する私的考察。クラウンを深掘りするといろんな仕掛けがあるように感じます。というかトヨタの柔軟なスタンスが怖い。一番大きな会社が一番柔軟って、どうなんでしょう。他のメーカーの方も頑張ってくださいな。