車の最新技術
更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.09.10

納期待ち続出 自動車業界を襲う部品不足の背景【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第22回】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 世界中の自動車メーカーの生産ラインが次々と止まっている。流通在庫は平均でもすでに限界近くまで減り、地域と車種によっては長期のウエイティングが発生している状態だ。

 世間では半導体の不足が叫ばれているが、実は不足しているのは半導体だけではない。何が不足しているのかは各社の機密に類するようで質問しても答えてくれないが、共通するのは東南アジアからの部品供給に問題にある点だ。

 背景としてはASEAN諸国のワクチン不足があり、デルタ株の蔓延によって、新型コロナの深刻なパンデミックが発生している。その結果、8月頃からこれらの国々では地域のロックダウンや、工場の操業停止が相次いでいるのだ。

部品不足により操業できなくなっている新車組み立てライン

 今や世界の工場の一翼を担うASEAN諸国、特に自動車に関しては、タイ、ベトナム、インドネシアなどの地域で、ラインの停止や労働者の不足などの頻発によって、日本のみならず世界各地で、多くのメーカーのクルマが品薄になっている。特に北米ではクルマが全く足りない。現地の新聞報道を見ると、現時点で足りないだけではなく、いつこの供給不足が解消するかの目処が立たない状態との悲観的な報道もある。

 その結果、新車販売の値引きはすでにゼロに近い。値引きが要らないのはメーカーにとってはありがたい側面もあるだろうが、売る商品が根本的に不足すれば、喜んではいられない。徐々に企業経営に影を落とし始めている。

 しかも、こうした品不足はクルマのみならず、同様のメカニズムが生活用品にまで及び始めた結果、それらの製品の価格高騰も進行し始めている。コロナ対策で、給付金などのバラマキ政策に加えて、外出頻度の低下によって無駄使いが減った結果、買い物が必需品に偏り、徐々にインフレが進行しつつある。商品が足りないのに現金はダブついているので、需要の高い商品の物価が上がり始めているのだ。あとはこのインフレがどこまで伝播するかが景気全体の分かれ目だ。

 商品不足でトータルの売り上げが落ち、不景気が進行しながら、インフレが同時に起きればそれはいわゆるスタグフレーションで、需要と供給のバランスによる価格調整機能が麻痺する。健全な経済下では、売れなければ値段が下がり、下がれば売れる。売れれば値段が上がり、売れなくなって値段が下がる。その自律システムが利かなくなる。需要に応じた生産が行えないシステムリスクによって、価格が自律回復しなくなるからだ。

 しかしながら、貨幣の信用が根本的に失われない限りは、物価は天井知らずに上がって行くことはないので、どこかで反転するだろうが、この先1年ほどは、供給不足が長引く恐れもあり、経済の先行きが危ぶまれる。それを引き金にいずこかの国で貨幣の信用が破綻するまでに、つまり回復可能な間に新型コロナの蔓延を抑止しないとグローバルな経済に大きな打撃を与えることになるかも知れない。

 すでにそうした危惧に基づいて、アメリカをはじめとする先進諸国からASEANに対するワクチン援助オペレーションが始まっているのだが、この綱渡りが間に合うのかどうかは正直わからない。

 特に日本の自動車メーカーは東日本大震災の経験から、部品供給の代替などについて、以前に比べて手当てが進んでいるのだが、今回の様にASEAN丸ごとだと中々カバーアップが難しい。

 どうして部品の置き換えができないのかを取材してみると、リアルな姿が浮かんでくる。例えば半導体だ。自動車に使う半導体は、ほぼ最先端のチップは使われていない。ある意味枯れたチップで、特定の会社しか作れないということはない。ASEANがダメだったら、他地域の会社の製品に置き換えればいいのではないかと考えるのは普通だろう。

 例えばICやCPUを思い浮かべてもらうと、シリコンの両側や周囲に端子が無数に生えている。まずこの端子の太さと本数とピッチの規格が無数にある。似たような機能を持つチップであっても、この端子が物理的に合わないと実装できない。あるいは、端子毎の極性もメーカーによって異なっている。

 枯れたチップだけにコスト競争は激しく、既存の製品の中から選んで採用するわけだが、それ故に、この端子の実装特性を規格化するのは難しい。それをやろうとすると、汎用品ではなく専用品、つまりオーダーメイドになって価格が上がってしまう。可能なら解決した方が良い問題であるのは確かだが、こういう事態にでもならない限り、何も困っていない安価な普及品を、業界全体で規格化するインセンティブは、サプライヤーサイドでは極端に薄い。

 特に高機能なチップになるわけでもないので、専用にしたからと言ってうんと高く買ってくれる望みは薄い。買う側にしてもいざという時の保険のために普段からの購入価格を上げてまでやるべきかは迷いがあって当然だ、規格化にあたっては、無数にあるサプライヤーの利害調整も困難だ。しかもサプライヤーの立場で考えれば、うっかり全てが規格化されると、価格の叩き合いで負けた時に、他社に簡単に乗り換えられてしまう。

 さて、ASEANの回復がどうなるのか。またその先には中国経済の不調も待ち構えており、先行きは極めて不透明な状態である。

今回のまとめ

・長期の納車待ちには、受注数に起因する場合のほか、材料不足問題がある
・ASEAN諸国の生産体制が新型コロナで麻痺しており、サプライチェーンが成り立たなくなっている
・不測の事態に対する備えも必要だが、サプライチェーンの代替は容易ではない

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この記事はいかがでしたか?

気に入らない気に入った

池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

この人の記事を読む

img_backTop ページトップに戻る

ȥURL򥳥ԡޤ