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更新日:2021.11.22 / 掲載日:2021.09.03

日本が排ガス規制で勝者になった本当の理由【池田直渡の5分でわかるクルマ経済第21回】

文●池田直渡 写真●ホンダ

 1970年、アメリカで施行が検討されたマスキー法を真に受けた日本は、国を挙げて排ガス対策に取り組み、その結果、日本の自動車産業は世界のトップに躍り出た。

 当のアメリカは、マスキー法を先送りにした結果、技術開発に出遅れ、徐々にトップの座から転落していった。

 変化に果敢に取り組んだ70年代と異なり、今の日本はEV化への取り組みを先送りにしていて、だから出遅れるのである。とする説を本当に何度も聞く。しかしそれは本当だろうか?

「技術による勝利」という輝かしい記憶のもたらす毒

 反EV派の筆頭とされるトヨタだが、そもそもその捉え方からして違う。トヨタはEVに反対などしていない。トヨタの主張は、EV以外を禁止するのは止めてくれということだ。

 振り返って見ると、かつての排ガス規制を世界で初めて乗り越えたのはホンダのCVCCエンジンである。日本語では複合渦流調速燃焼方式というこの方式は、燃焼室に蛸壺型の副燃焼室を設け、この副燃焼室とメイン燃焼室の混合比を変えたシステムだ。

 プラグが設置された副燃焼室には、キャブレターの副燃焼室専用系統から着火し易い濃い目の混合気が供給され、ここで着火された火炎流がメイン燃焼室に高速で噴出して火炎スワールを起こし、それによってメイン燃焼室の希薄な混合気を強力に攪拌しながら完全燃焼させる。

 当時の排ガス規制で問題になっていたのは、燃やしやすい濃い目の空燃比だと、酸素不足によって一酸化炭素(CO)と炭化水素(HC)という有害物質が出てしまうからで、これを防止したければ、空燃比を薄く設定すればいいのだが、薄いと今度はちゃんと燃えない。薄くて酸素が多いはずなのに、不完全燃焼すれば、濃い時と同様にCOとHCがやはり出るし、加えて煤(PM)が発生する。

 薄くした場合に、もっと問題になるのは、燃焼室内で混合気の不均衡が起きやすく、燃料が届かないエリアでは燃焼で発生する高熱によって、本来安定している窒素と酸素が半ば強制的に化合させられて、窒素酸化物(NOx)が発生する。NOxは太陽光の作用で光化学スモッグに変質する。これが喘息などの呼吸器障害を起こす。

 つまり濃いのもダメ、薄くても不均一ではダメ。だから、着火し易い濃い部分を作り、全体の平均値を理論空燃比より薄くしつつ、火炎流でかき混ぜて燃焼室内の燃料と酸素の不均一を可能な限り無くすシステムを作ったのである。

 CVCCは輝かしい技術の勝利だったが、では、もしこの時日本の政府が、CVCCこそが排ガス規制をクリアする最高の技術であるとして、他の技術を禁じていたら後の歴史はどうなっただろうか?

 実はCVCCは確かに世界で初めて後処理無しで排ガス規制をクリアしたのだが、80年代には徐々に最良の技術では無くなって行く。電子制御燃料噴射と、排ガスの酸素濃度を計測するO2センサーを組み合わせて、フィードバック制御によって空燃比を理論値に精密制御し、酸化還元触媒で酸素を受け渡して、酸素過多と不足を後処理する技術が開発されたことで、よりローコストかつ単純な仕組みで同等以上の結果を出せる様になったのである。排ガス処理システムはやがてこの触媒方式に完全に席巻され、現在でも採用されている。

 つまり、当時の日本が凄かったのは、CVCCという画期的技術が開発された後も、もっと良い方法が無いかをたゆまず研究し続け、そこに政府が無駄な横やりをいれなかったところにある。

 CO2削減に対して、EVと言う解決方法が、現在暫定1位にあることは否定しない。ただしまだまだ完璧とは全然言えない。問題は挙げればキリ無くある。それは技術の進歩で改善されていくかもしれない。しかし、だからと言って、他の方式の開発を禁じることはかつての成功の本質を見誤った解釈である。暫定1位を凌駕する新たな技術が生まれないとは限らない。技術は多様でなければならないし、競争による切磋琢磨で、進歩するものなのだ。それこそが排ガス規制当時の日本に学ぶべきことだろう。

今回のまとめ

・かつてCVCCという画期的な技術が日本の躍進に繋がった
・しかし画期的な技術も永久的に使われるわけではない
・「EV1本足」とならない多様性のある環境技術が必要

執筆者プロフィール:池田直渡(いけだ なおと)

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

自動車ジャーナリストの池田直渡氏

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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