新車試乗レポート
更新日:2019.05.23 / 掲載日:2017.05.31

【試乗レポート】トヨタ MIRAI 燃料電池車の走りをお届け

文●工藤貴弘 写真●ユニット・コンパス

 ヒューンという音を立てながら素早く加速していく様子は電気自動車と同じであり、ガソリン車やディーゼル車とは全く別物。ほとんど騒音を発生しないから車内が静粛だし、エンジンの回転による振動がないから同乗者も乗り心地がいい。胸をすくような加速感と雲に乗っているかのような快適さは、一度味わうともう普通のエンジン車には戻れないような気分になってしまう。それが、未来からやってきた乗り物である燃料電池車だ。
 そして燃料電池車の代表格と言えるのがトヨタ MIRAI(ミライ)である。その凄さはまず、お金さえ払えばだれでも購入できるということだ。これは自動車の歴史に残る快挙といっていい。といっても、どう凄いのかピンとこない人も多いだろうから、まずはその意味から説明していこう。
これまでもホンダ FCXクラリティのように「量産」され「販売」されていた燃料電池車は存在した。しかし、これらがMIRAIと大きく違うのは、販売方法が「リース販売」に限られていたことだ。車両の状態は購入後もホンダにおいて管理され、お金さえ払えばだれでも買えるというものではなかった。
 ところがMIRAIは違う。「リース販売」も選べるがすべてがリースではなく、現金での購入も可能。極端な話、ライバルの自動車メーカーが研究のために購入することだってできるし、自動車評論家の国沢光宏さんのように買ってすぐにバラバラにしてラリー車を作ったひとだっている。言い換えれば、販売店による管理やメンテナンスをしなくても普通に乗れてしまうという事である。
燃料電池車という新しい乗り物なのに、ガソリン車などこれまでの一般のクルマと同じ水準までトラブルの不安を排除して発売したこと。それがMIRAIの凄さなのだ。

プリウスとの共通性も感じさせるエクステリア

横のラインを強調し、安定感のあるリヤスタイル

1535mmと、セダンとしては高めの全高

フロントからリヤへと流れるようなラインが美しい

 MIRAIのような「燃料電池車」の正体は、わかりやすく表現すると自分自身で電気を起こしながら走る電気自動車。駆動力を生み出すのはモーターだけど、充電の必要はなく、水素を入れれば走れる仕掛けだ。もちろん走行中は二酸化炭素を発生しない。
電気自動車のウィークポイントは充電時間の長さと航続距離の短さだが、燃料電池車は燃料(MIRAIの場合は水素)を補給すればガソリン車と同じように連続走行できるから航続距離の不安から解消される。また水素の充填はバッテリーへの充電と違って短時間(3分程度)だから、ガソリン車の給油感覚で気軽に行えることも、電気自動車との大きな違いだ。
 燃料電池車とは、「水素」を用いて自己発電することで充電しなくていい電気自動車といっていいだろう。
ちなみに水素からどうやって電気を起こすのか? それは理科の実験でやった電気分解を思い出してほしい。水に電気を流すことで水素と酸素に分解できたが、その逆で水素と酸素を結合させて水にすることで同時に電気を取り出す仕組みである。
 全長4890mm×全幅1815mmというボディサイズは、日本の感覚に照らし合わせれば決して手頃とは言い難い。しかしMIRAIは海外でも販売される車種であり、セダンとして北米や欧州など海外で受け入れられるサイズを考えるとこのくらいがミニマムになってくるということ。またボディ形状がセダンなのは、企業や公官庁で使われることも想定しているから。セダンとしては背が高めなのは、後述する独自のパッケージングに起因する。
 エクステリアデザインは多くのひとが違和感を抱かずに受け入れる範囲でしっかりと先進性を演出していることに感心させられる。言い換えればやりすぎの無い未来感だ。これなら親しみを持ちやすいし、誰が乗っても似合うだろう。

車体中央にインフォメーションを集中させた未来的スタイル

全高があるため長身の大人が座ってもゆとりある室内空間

 インテリアも同様で、インパネもシートも先進性を感じさせるデザイン。インパネもどことなくそうだし、シフトレバーがプリウスユーザーには慣れ親しんだ電気式だったりと、これまでプリウスで養ってきた未来イメージが上手に生かされているのも巧みだ。
 パネルの表面仕上げなど、インテリアのフィニッシングのクオリティが高いのは、決して安くはない金額と引き換えにMIRAIを手に入れるユーザーにとって朗報だ。また可動部分は細部の仕上げにも細心の配慮が盛り込まれていて、たとえばパワーウインドウは完全に閉まる直前になると動きがスローになってスムーズさをさりげなく演出。このクルマはレクサスブランドではないが、レクサスに近いおもてなしを身につけていることを報告しておこう。
 前後ともに着座位置が高いのは、パッケージングを最適化するためである。フロントシートの着座位置が高ければ結果的に前後席間距離を拡大できるし、後席の高さは座面下に水素タンクを置く影響が大きいが、結果的に床と座面の段差を大きくとれて足の納まりがよく、適正な着座姿勢を実現。高めの着座位置でも頭上にしっかりと余裕を持たせられるよう、天井を高くしたパッケージングになっているのだ。
 そして着座位置の高さは乗降性にも貢献。乗り込む際や降りる際の姿勢変化が少ないから、セダンとしての優れた乗降性にはメリットを感じる。
 また、使い勝手においてトヨタの底力を感じるのがラゲッジルーム。後席の後ろに大きな水素タンクとバッテリーを搭載しつつ、奥行き530mm(筆者計測値)、9.5インチのゴルフバッグが3個積める荷室を確保したのは立派。
 ちなみに駆動用バッテリー、パワーコントロールユニット、そして154ps/34.2kgmを発生するモーターはハイブリッドカーと共通化してコストダウンをはかっている。

 走りはスムーズなだけでなくとても力強い。モーター出力が154psしかないから2トン近い車両重量を考えると加速の鈍さを想像しがちだが、それは大きな誤解。ガソリンエンジンに例えると3.5L自然吸気に相当するトルクを低回転から発生するモーターのおかげで、アクセルを踏み始めた直後からググッと背中を押されるように加速していくのだ。エンジン車では体感できない、スペックからは想像できないような俊敏さとアクセルレスポンスの鋭さが実に心地いい。
 しかもエンジン車と違って振動がないし騒音もきわめて小さい。そういった快適性がドライバーだけでなく同乗者にも未来を感じさせる乗り物というのも大きな魅力なのだ。
 アクセルを踏み込むと燃料電池の出力を高めるためにシステムへ空気を送る周波数の高い音が耳に入ってくるが、エンジン音に比べるとはるかに静かだし、意外に心地よかったりもする。このあたりは、ハイブリッドカーのインバーター音のように燃料電池車を感じさせる音として好意的に受け取れた。
 想定外だったのが想像以上にスポーティなハンドリングと乗り心地のよさ。重心が低い位置にあることで入力に対する車体の落ち着きがいいうえに、ドライバーのハンドル操作に対する反応も素直なことに驚いた。燃料電池車は走りを楽しめないというのが単なる想像に過ぎないことを、MIRAIは見事に証明しているのだ。

 エネルギーを自前で確保できず輸入に頼る日本にとって、水素で走る自動車という存在意義はじつに大きい。なぜなら水素は石油がなくても自前で作り出せるエネルギー源であり、工場で副次的に生成される水素を使えばきわめて省エネルギーでクルマを走らせることができるのだから。日本のエネルギー政策においても大きな意味を持っているからこそ、国が水素社会の到来を大々的にバックアップしているのだ。
 水素の効率的な製造や充填方法さえ確立してエネルギーを使わずに量産できるようになれば、石油に頼らず走れることは大きなアドバンテージ。太平洋戦争から幾度のオイルショックまで、石油資源がないゆえに多くの社会的混乱を回避できなかった日本にとってはやはり「明るい未来」として期待したいのが水素エネルギーなのだ。
 燃料電池車両はまだまだスタートしたばかり。人間に例えればやっと首が据わってきた程度だろう。多少の使い辛さがあったり水素供給におけるエネルギーのロスがあったとしても、それは成長とともに解決されるのは間違いがない。目の前の不都合だけで判断するのではなく、成長をしっかりと見守ることも、私たちにできることのひとつだろう。
 話が壮大なエネルギー論にまで及んでしまったが、その加速感や快適性など、「MIRAI」というクルマ自体はきわめて魅力的な1台だ。そこだけはしっかりと伝えておこう。

【トヨタ MIRAI】
全長 4890mm
全幅 1815mm
全高 1535mm
ホイールベース 2780mm
重量 1850kg
最高出力 154ps
最大トルク 34.2kgm
サスペンション前/後 ストラット/トーションビーム
ブレーキ前/後 Vディスク/ディスク
タイヤ前後 215/55R17
販売価格 723万6000円

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グーネットマガジン編集部

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1977年の中古車情報誌GOOの創刊以来、中古車関連記事・最新ニュース・人気車の試乗インプレなど様々な記事を制作している、中古車に関してのプロ集団です。
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