世界中のカーメーカーがリスペクトするSUV、ランドクルーザーの歴史は第二次世界大戦にまでさかのぼる。アメリカのJeep(ジープ)に対抗すべく、日本軍が現在のトヨタ自動車に製作依頼し、1943年に試作された「AK10」が、そのルーツだと言われている。
そして本格的に四輪駆動車として生産されだしたのは、戦後になってから。51年、警察予備隊(自衛隊の前身)の要請から開発された「トヨタ・ジープBJ」だ。
残念ながら警察予備隊に正式に採用されたのは三菱ジープのほうだったが(今なお自衛隊が三菱ジープを採用しているのはその名残り)、おかげトヨタはジープBJを林野庁や、建設業者など、それに海外市場にも販路を広げることができるようになった。
ちなみに「ランドクルーザー」の車名は54年から。“ジープ”の呼称が商標権にひっかかる、とのことからの改名だった。その後ランクルは「20系」「40系」と、大量生産に向くクルマに設計し直され、メカを進化させていく。海外では“タフな働き者”として扱われる言わばワークホース。だが、その働きぶり、耐久性と信頼性こそが、ランクルを絶対的なブランドとして浸透させていくきっかけになったのだ。
さらに59年以降は、ロングホイールベースのステーションワゴン、「30系」や「50系」を発表。じつはこれがのちの「80系」や「100系」、そして現行「200系」へと続く、プレミアムSUVへの流れを生む。50系に代わって登場した「60系」では、当時としては超豪華装備がおごられ、当時のCMのフレーズ“いつかはクラウン”をもじって“いつかはランクル”という名言まで生んでしまったほどだ。
そしてそのかたわら、ワークホースとしてのランクルの本流もかたくなに守られた。40系に続く「70系」の登場だ。頑強なシャシー、タフなエンジンは40系同様。登場は84年だが、今なお生産し続けられ、世界各国で信頼性のもと、乗られ使われている、ワークホースの権化のようなクルマなのだ(日本ではすでに販売中止になっている)。
また、ランクルもうひとつの流れ、「プラド」の存在も忘れてはならない。4WDブームのなかから生まれたカジュアルなワゴンで、「70系ワゴン」から「70系プラド」、「90系」、そして現行の「120系」へと進化していく。とくに120系などは100系に比べても装備・走りに遜色なく、人気という点ではランクル・ナンバーワンの存在になっている。