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| NISSAN Fairlady Z ニッサン・フェアレディ Z |
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日本車のイメージリーダーとして先陣を切ったスポーツの傑作。
見事な復活劇を経て今も頂点に君臨する。 |
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北米でポルシェをターゲットに
真っ向勝負したDATSUNの本気 |
海外では、車名からフェアレディは省かれて単に「Z」、現行ならば350Zとだけ名乗る。Zは、英語圏の発音では「ズィー」、北米では親しみを込めて「ズィーカー」などとも呼ばれる。1969年登場の初代Z・S30から、そういった呼び方だ。そのころ海外ではダットサンスポーツブランドだった。北米では広く知れ渡り、なおかつ人気の高いクルマなのだ。何しろ、北米では「Z」はアルファベットの1文字でありながら、ちゃんと車名として商標登録されている。一般的な名称や言葉が、そのままではなかなか商標登録できない北米でちゃんと通用するのだから、いかにZの知名度と築いた地盤が固いかってことだ。
しかも、先に初代から呼び方が……と書いたが、実際に初代Zの一代でZ王国を北米に限らず築いてしまったと言っても過言ではない。
Zデビュー前夜の北米でZと同じ2〜3Lクラススポーツで人気の高かった輸入車ブランドは、ヒーレー、MG、アルファ、ポルシェなどなど。なかでも覇権を握りつつあったのは63年にデビューしたポルシェ911だった。
そこへ投入されたのが初代Z。性能はいいが高嶺の花だった911の約半額で互角の性能を発揮するZは、たちまち人気沸騰。
結果的に、2代目Z(S130)へバトンタッチする1978年までに、全世界で通算55万台を販売しスポーツカー界の制覇を成し遂げてしまったワケだ。
そして現行は5代目。約2年の沈黙を経て平成14年にデビューしたZ33である。
前年、日産社長兼CEOに就任したカルロス・ゴーン氏の、強い思いがZを復活させる起爆剤のひとつでもあったことはよく知られている。彼は、企業家としてだけでなく、かつて自らも初代Zのオーナーだった個人的な情熱も復活劇に傾注させた。それほど、世界的にZは日産の象徴のひとつとして定着していたのだ。
現行Zは従来はラインアップにあった2/2を設定せずに2シーターのみ。エンジンは自然吸気の3.5L V6。発売当初は280馬力、昨年のマイナーチェンジでは294馬力にまで引き上げられている。一部グレードにはブレンボ製ブレーキがおごられ、ピュアスポーツ路線を歩む。
もちろん、それだけのクオリティとパフォーマンスを持ちながら、やはり価格はポルシェの約半分。初代の志を失ってはいない。約35年を経た現在でも、Z VS 911の図式は相変わらずなのだ。
公式には、Zは未知への可能性と夢を意味するサブネーム、ということだが、S30開発当時のエピソードには、アルファベットの最後の文字「Z」ゆえに最終到達点の思いが込められていたともいう。初代、歴代、そして現行も、Zには造り手の高い志が息づいているのである。 |
| Zの影に優れたエンジンあり。形式は異なるものの6発にこだわる。 |
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| 初代と2代目は直6、3代目から現行に至るまではV6。いずれにしてもZはずっと6気筒エンジンにこだわってきた。とくに直6で名機とされるのが2.4LのL24。海外デビューはこれを搭載して240Zだった。のちに260Z、280Zと拡大進化していくものの、L型エンジンはタフでチューニングしやすいエンジンとして一世を風靡。プライベートからワークスまで、世界中で愛されたエンジンだ。 |
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中古車を探すなら!オススメ年式&グレード |
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| 257万円 平成15年式 バージョンST |
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| ベーシック、ラグジュアリーの2系統に分けられるZで、やはりSやSTといった充実内容のモデルが人気高で台数的にも探しやすい。マイチェン前後でそれなりの価格差はあるものの、初期型が買い得というほどの差は開いていない。距離、程度、ボディカラーなどの条件で絞り込んで決めたほうが、後悔は少ないだろう。 |
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| 遠くからでも一目でZと識別できるウエッジのきいた独特のボディシェイプ、独立3眼のセンターメーターなど初代Zからのイメージを引き継いだ現行。コクピットは適度にタイトでスポーティ。マイナーチェンジ後はインテリアのアルミパーツ装着が拡大され、プレミアム度がより増した。 |
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| ●5ナンバー枠や法的規制にとらわれない、排気量2.4L、オーバーフェンダー&スポイラー、ロングノーズ装備の輸出仕様・240Zは国内ファンあこがれの的だった。マルーンのボディカラーは今年のマナーチェンジで復活した。 |
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